織田信長、徳川家康、明治天皇などの偉人たちが嗜んでいた香木。
その名のとおり、香りのする木を香木と呼んでおり、主に白檀、沈香、伽羅を指しますが、その中でも沈香は、入手が困難といわれているほど貴重な香木です。
複雑な香りの中に苦みや甘みが感じられる沈香の知識を深めて、魅力を堪能しましょう。
目次
沈香(じんこう)とはどんな香木?
沈香は、お香の原料として人気の高い香木の一つです。
沈香は、大量に樹脂を含んでおり、その重みによって水に沈むために「沈香香木」の名がつきました。
荘厳な香りを持つ沈香は、戦国武将たちが合戦に出陣する前に甲冑へ香りを薫き染めていたといわれています。沈香は、日本で古くから親しまれてきた香木の一つといえるでしょう。
沈香とは
沈香とは、東南アジアの熱帯地域に生息するジンチョウゲジンコウ属の高い常緑樹から作られます。
害虫や雨、風などの外敵に木部がさらされた際に傷がつくと、ダメージを治癒しようと、内部から香り成分である樹液を分泌します。その分泌された樹液が次第に固まり、樹脂に変化するのです。その後、乾燥が進むと樹脂が変質していき、最終的に乾燥した木部を削り取ったのが香木としての沈香です。
特徴的な香りを放つ香木で、同じ木から採取した沈香であっても香りが異なる面白さがあります。
沈香の香り
沈香の基本的な香りは、甘み、苦み、辛み、酸味、塩辛みが混ざりあったようなものです。
そのため、非常に複雑な香りと表現されます。
沈香の原産国は幅広く、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、カンボジア、ミャンマー、ラオスなどがあり、香りは原産国によって違いがあります。たとえば、インドネシア産の沈香であるタニ沈香は、香りに苦みがあるのが特徴で、インドシア半島産のシャム沈香は香りに甘みがあるのが特徴です。
一般的な沈香は、常温だとあまり香りを感じられません。
150度以上の高温で加熱すると香りのもとになっている樹脂の成分が蒸発し、奥深い香りが感じられます。ただし、上質なインドネシア産沈香は、常温でもほのかに香りを発する場合があります。
基本的には、沈降は色が黒くて紫外線に強いため、常温では揮発しません。そのため、加熱しなければ長期間の保存が可能です。
現在では入手困難になった沈香
上質な香木である沈香は、もともと日本には自生しておらず、海外からの輸入のみが入手方法でした。
沈香の原材料となる木は、成長するまでに約20年かかり、沈香になるには50年かかるとされています。さらに、高品質の沈香となると沈香として利用できるようになるまで100年から150年以上は必要です。
沈香となるメカニズムは現在も明確には判明されていません。沈香の香りは人工的な製作が難しいとされています。そのため、お香の原料の中でも沈香は、特に貴重なものなのです。
大変貴重で価値の高い沈香は、乱獲されるのを防ぐために、現在ワシントン条約の「附属書Ⅱ」(必ずしも絶滅のおそれはないが取引を厳重に規制しなければ絶滅のおそれのある種となりうるもの)に指定されています。
天然沈香と栽培沈香
沈香には、天然沈香と栽培沈香の2種類があります。
天然沈香とは、自然界にある天然の木が雨風や害虫から受けたダメージにより自然と樹脂化したものを指します。
栽培沈香とは、沈香が発生する種類の樹木を人工的に栽培し、その幹に意図的に孔を開けたり傷をつけたりするのです。
そこから特殊なバクテリアや薬品を注入し、樹脂化を促進させる方法です。
栽培沈香は、沈香の採取量減少を受け価格が高騰する中、価格を抑えて沈香を多くの人が手にできるよう、ベトナムやラオスで行われるようになりました。
天然沈香は希少価値が高く、非常に品質も高いとイメージされますが、ばらつきがあります。
とはいえ、多くの天然沈香は上質であり、品質があまり優れない天然沈香と高品質な栽培沈香は、同じくらいの品質といわれています。
日本における香木の歴史
沈香をはじめとする香木は、古くから日本で親しまれてきた香りものです。
日本に初めて香木が伝来したのは、飛鳥時代の595年と考えられており、『日本書紀』によると、推古天皇3年4月に、香木が淡路島に漂着したと書かれています。
流木だと勘違いした島人が香木を焚火にくべたところ、良い香りが漂ってきたためすぐさま火から外し、朝廷に献上したのでした。
朝廷では、献上された流木を聖徳太子が一目見ただけで香木と見抜いたといわれています。この年、聖徳太子によって鑑定された香木が、日本に伝来したとされる最古の記録です。
奈良県の正倉院には、巨大な沈香が納められています。
長さは156.0cm、重さが11.6kg、最大径が43cmと大変大きな沈香で、黄熟香と呼ばれるものです。
黄熟香は、ベトナムからカオスにわたる山岳部が産地。その歴史は古く、鎌倉時代以前に日本へ入ってきたとされています。
足利義政、織田信長、明治天皇などの権力者に名香と重宝され、切り取らせた跡が付箋によって明記されています。
平安時代は薫物の全盛期であり、室内用香り袋の原形となるものも誕生。
香り文化が貴族たちの間で広がりを見せ、自分たちだけの香りを作り出してほかの人へ披露する薫物合わせが流行しました。
当時、上流階級は香木の知識や触れる機会がありましたが、それに比べると庶民にまでは浸透していませんでした。
香木の中でも特に伽羅や沈香は、権力の象徴としての一面を持つようになっていきます。
織田信長は自身の権威を示すために、東大寺秘蔵の蘭奢待を、勅許を得て裁断しました。また、この蘭奢待は足利義政や明治天皇によっても裁断されています。
権力者の中でも、徳川家康は特に香木への収集に熱心でした。
1606年(慶長11年)ごろ、徳川家康は、沈香の中でも特に極上品とされている伽羅の入手を主な目的として、東南アジアへの朱印船貿易を行っています。家康は非常に香木を嗜んでおり、自身で調合を記録した「香之覚」を書き残しているほどです。
江戸時代に入り平和な世が訪れると、武士や貴族などの上流階級の人々だけではなく、町人層にも香道が広く浸透していきました。
全国薫物線香組合協議会は、1992年4月に『日本書紀』の記述に基づき、日本に香木が伝来した4月と「一十八日」と「香」の字を分解した18日の4月18日を「お香の日」としました。
現代でも、香りの文化は多くの人々を癒し、楽しませてくれているとわかるでしょう。
最高級の沈香、「伽羅(きゃら)」
伽羅とは、香木である沈香の一つで、最上級の香木といわれています。
伽羅の産地は範囲が狭く、ベトナムの限られた地域でしか産出されません。また、採取量も極少量のため「香木の王様」といわれるほど貴重な香木なのです。
沈香は加熱をして香りを感じられますが、伽羅は常温でも香りが楽しめます。加熱すると奥深く濃厚で、甘み、苦み、辛み、酸味、塩辛み全てを感じられる「五味に通じる香り」といわれています。伽羅は希少価値の高さと人気の高さから、価格が高騰しているため、沈香の中でも入手が難しい香料です。
長い歴史が生み出した香木・沈香の魅力を堪能しよう
沈香とは、東南アジアの熱帯地域に生息する樹木が、外敵にさらされた際に防御策として分泌した樹液が樹脂に変化し、時間をかけて特徴的な香りを放つのが香木です。
香りは甘み、苦み、辛み、酸味、塩辛みが混ざりあった、非常に複雑な香りの中に甘みや苦みなど産地によって異なる香りが楽しめます。
約1400年の長い歴史がある沈香は、偉人たちにも嗜まれ、今なお貴重で人気があります。
沈香を入手するのは現在でも難しいですが、沈香の香りを楽しむための線香や香袋のお香商品は数多くあり、現在では手軽に香木や沈香の香りを楽しむことが可能です。