日本の和の文化を表現する伝統でもあるお香。現代では、生活の中に安らぎを与える癒しの道具として親しまれています。古くは貴族や武士の楽しみとして広がり、のちに町人まで広まっていきました。日本における香りの文化を知ることは、お香の楽しみ方を広げるきっかけになるでしょう。
目次
日本で独自の文化となった、香
日本に古くから伝わり、伝統的な文化となっているお香。仏教とともに伝来したお香は、日本独自の発展を遂げ、現代まで多くの人に親しまれています。
飛鳥時代に伝来し、貴族や武士、庶民に広がったお香
お香は、日本において仏教が伝わった際に、同時に伝わってきたとされています。『日本書紀』では、淡路島に沈水香木が漂着し、島民は単なる流木と思いかまどの薪として焚いたところ、良い香りが漂ってきたため、かまどから外し朝廷に献上したとの記載も。また、献上された流木を、聖徳太子は香木であると一目で見抜いたそうです。
奈良時代に入ると、遣唐使の鑑真和上により、仏教の戒律や美術、建築、医学、薬草などこれまで日本になかったものが多く伝えられました。その中には、お香の調香技術もあったそうです。唐から持ち込んだ薬草や香原料を調合し、効能の高い薬を作る技術により、お香も複数の香りをあわせて用いられるようになりました。当時は、魔除けや厄除け、防虫などの役目としても利用されていました。
平安時代には、複数の香料を練り合わせて香りを楽しむ薫物が、貴族の生活の中に取り入れられていきます。仏教の供香から香りを楽しむ文化が生まれはじめたのは、平安時代ごろからといえるでしょう。その中で、丸薬状のお香や線香が発展し定着していきました。
安土桃山から鎌倉時代では、貴族が力を持っていた平安の世から打って変わって、武士が権力を持つようになります。武士の間では、沈香一木のみを焚き、香りの聞き比べをする聞香が誕生しました。また、細かく刻んだ香料をつまんで仏前の香炉にいれる焼香は、この時代に禅宗をとおして広まったといわれています。
戦乱の世が終わり江戸時代に入ると、お香は貴族や武士だけのものではなく、町人の間にも広がっていきます。源氏香をはじめとした、いくつかのお香を焚いて香りを当てる組香と呼ばれる遊びも生まれました。また、このころから線香も多く製作されるようになり、町人の間に線香が普及していきました。
現代のお香は、さまざまな形に変わりながら人々の間で親しまれています。技術の発展や多彩な香料により、新しいお香が作られ続けています。
日本の芸道・香道
香道とは、日本人の四季に対する感性や文学詩歌と香りを結びつけ、体系化した日本の芸道です。平安時代から貴族の文化や習俗として洗練されていったお香。香道として確立されたのは、室町時代の8代将軍足利義政のころです。足利義政は香を好み、公家の三條西実隆や志野宗信に命じて、一定の作法やルールを定め、芸道としての体系作りを行いました。その後、階級にかかわらず多くの人々に親しまれていったお香は、日本独自の文化として発展していきました。
和歌や物語の中にある、香
香や香りの文化は、昔の和歌や物語の中にも登場しています。有名なものとしては、『源氏物語』と『古今和歌集』があります。『源氏物語』とは、平安時代中期に紫式部によって創作された長編物語です。源氏の一生とその一族たちの人生が描かれており、その中に香りを楽しむ薫物合せが登場します。『古今和歌集』とは、紀貫之によって作成された日本で初めての勅撰和歌集です。日本の美意識の原型を創造した歌集として高い評価を受けています
源氏物語に登場する「薫物合せ」
薫物合せとは、平安時代に貴族たちが家伝の秘法を用いて練香を作成し、披露して優劣を競う遊びのことです。この貴族の遊びの中で次第に香りが洗練されていき、6種の香りに集約されたのが六種薫物。
6つの香りの種類は、以下のとおりです。
・梅花(ばいか):春を表現。梅の花の香りをイメージしています。
・荷葉(かよう):夏を表現。蓮をイメージしており、清涼感のある香りが特徴です。
・侍従(じじゅう):秋を表現。秋風をイメージしています。
・菊花(きっか):秋から冬を表現。菊の香りをイメージしています。
・落葉(らくよう):秋から冬を表現。木の葉が落ちていく様子をイメージしています。
・黒方(くろぼう):冬を表現。祝儀用に用いられることの多い香りです。
古今和歌集の中の「香」
古今和歌集に「色よりも香こそあはれと思ほゆれ 誰が袖ふれし宿の梅ぞも」という和歌があります。梅はその花の色彩よりも香りが趣深いものであり、誰かの袖が梅に触れた移り香が宿に香っているのだろうか、といった情景を詠んだ和歌です。誰が袖とは、香料を刻んで調合したものを詰めた匂い袋を指しています。誰が袖は、室町時代に流行したお香で、香りを外へ持ち運ぶために重宝されていたそうです。
日本文化に根付く「香」と「香りの文化」
日本で長く愛され続けてきた香と香りの文化は、今日でも多くの人々に楽しまれています。現代では、匂い袋や薫衣香、練り香、印香などさまざまな形で香りを感じられます。リラックスしたいときや瞑想のお供など、多彩な場面でお香が活躍するでしょう。日本には香と香りを楽しむ文化が今も根付いているといえます。