美しい謎に包まれた「オダリスク」――
その響きには、どこか官能的でありながら異国の神秘を感じさせる力があります。18世紀から19世紀のヨーロッパで、多くの画家たちがこの魅惑的な存在を描き続けた背景には、ただの装飾的な趣向を超えた深い理由が隠されています。本記事では、「オダリスク」とは何か、その歴史や文化的背景、そして多くの芸術家がこのテーマに惹かれた理由について紐解きます。
彼らがキャンバス上に表現した「オリエンタリズム」の世界へ、ぜひ一緒に足を踏み入れてみましょう。
目次
有名画家も数多く描いた「オダリスク」とは
「オダリスク」とは
官能的で美しい女性として描かれ、東洋の神秘性や異国情緒を表現する象徴的な存在であった「オダリスク」。
オダリスク(Odalisque)は、オスマン帝国のスルターンや権力者のハレム(後宮)で奉仕する女奴隷または側室のことで、その言葉の起源は、トルコ語で「部屋」を意味する「オダリク(Odaliq)」に由来します。
18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパでオリエンタリズム(東方趣味)が流行した際に、オダリスクは絵画の人気の題材となりました。この時代、ナポレオンのエジプト遠征やアルジェリアのフランスへの併合などにより、西洋人が東洋の文化に触れる機会が増えたことで、オダリスクをはじめとした東洋の文化が絵画の題材になることもしばしばありました。
オダリスクの役割
オダリスクは、オスマン帝国のスルターンなどイスラムの君主のハレムで奉仕する女性奴隷または側室を指しますが、単にその役割にとどまらず、時に重要な地位や影響力をもつ存在でもありました。
奉仕と教育
オダリスクはハレム内で家事や雑務を行うだけでなく、音楽や刺繍、料理などの技能を学ぶなど、文化的な教養を身につける機会を得ていました。
経済的な独立
上位に位置するオダリスクは、給与を受け取り、時には非常に裕福になることもありました。彼女たちはその資産を使って、モスクや病院などの慈善施設を設立することもあったといわれています。
政治的影響力
ハレム内の階層制度では、上位の女性が政治的な影響力を持つこともあったとされています。
なかでも権力者=スルターンの母である「ヴァーリデ・スルタン」と呼ばれるオダリスクは、宮廷内で大きな権力を持ちました。
オダリスクのいた「ハレム」とは
ハレムは、イスラム世界、特にオスマン帝国において見られた王族や権力者の邸宅内にある女性専用の区域のこと。アラビア語の「ハリーム」(禁じられた場所)に由来するこの言葉は、近親者以外の男子の出入りが禁止された空間を表します。
オスマン帝国のトプカプ宮殿のハレムは、400以上の小部屋で構成され、最盛期には1000人以上の女性が暮らしていたとされます。
また、ハレムは単に君主の享楽の場ではなく、女性たちの教育と訓練の場でもあり、「ヴァーリデ・スルタン」を筆頭とした階級や権力争いのある場所でもありました。
有名画家たちはなぜオダリスクを描いたのか
画家たちがオダリスクを題材にした理由は、18世紀から19世紀にかけてヨーロッパで流行したオリエンタリズム(東方趣味)と密接に関連しているといえるでしょう。
この時期、ナポレオンのエジプト遠征やアルジェリアのフランスへの併合などにより、西洋人が東洋の文化に触れる機会が増加していきました。
そのため、エキゾチックで神秘的な東洋のイメージが芸術家たちの想像力を刺激し、中でも「官能的で美しい女性の象徴」であったオダリスクは、絵画の人気の題材となりました。
さらに、当時のヨーロッパ社会では直接的に描くことが難しかった官能的な題材を「異国」という設定を利用して描くことができた、という側面もあります。
このように、オダリスクは芸術家たちに自由な創造と表現の可能性を与える存在として、それと同時に観る者の好奇心を満たす題材として、多くの画家たちに好まれたのです。
西洋の画家たちにとって新鮮だった、東洋の文化・色彩
当時、東洋はまさに「異国」。
イスラム建築、調度品、衣装などのオリエンタル文化は、画家たちに強烈な刺激を与えたことには違いありません。
そして、画家たちに東洋の強烈な色彩、人情風俗を描く機会を与え、ロマン主義的美学の新たな表現の場となったといえるでしょう。
画家たちは、「オダリスク」をはじめとする異国情緒や神秘主義あふれる題材を好んで取り入れ、西洋とは異なる文化や風俗を描くことに芸術の可能性を見出したに違いありません。
有名画家たちが描いた「オダリスク」
ドミニク・アングル
![『グランド・オダリスク』ドミニク・アングル [引用元:wikipedia]](https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/4a/Jean_Auguste_Dominique_Ingres%2C_La_Grande_Odalisque%2C_1814.jpg/1920px-Jean_Auguste_Dominique_Ingres%2C_La_Grande_Odalisque%2C_1814.jpg)
作家名:ドミニク・アングル
制作年:1814年
作品名:『グランド・オダリスク』
作品の特徴:後ろ姿で物憂げなポーズを取るオダリスクが描かれており、歪んだプロポーションと細長い手足が特徴的です。古典的な形式とロマン主義的なテーマを組み合わせた折衷的な作品として知られています。
フランソワ=エドゥアール・ピコ
![『オダリスク』フランソワ=エドゥアール・ピコ [引用元:wikipedia]](https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3f/Odalisque_-_Fran%C3%A7ois_Edouard_Picot.jpg)
作家名:フランソワ=エドゥアール・ピコ
制作年:1829年
作品名:『オダリスク』
作品の特徴:エキゾチックな雰囲気を持つ裸婦像として描かれています。
ウジェーヌ・ドラクロワ
![『オダリスク』ウジェーヌ・ドラクロワ [引用元:wikipedia]](https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a8/Eug%C3%A8ne_Delacroix_-_Odalisque_-_WGA6225.jpg)
作家名:ウジェーヌ・ドラクロワ
制作年:1857年
作品名:『オダリスク』
作品の特徴:ロマン主義の巨匠であるドラクロワによる作品で、東洋的な雰囲気と官能的な表現が特徴です。
フランチェスコ・アイエツ
![『オダリスク』フランチェスコ・アイエツ [引用元:wikipedia]](https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c5/Francesco_Hayez_026.jpg/800px-Francesco_Hayez_026.jpg)
作家名:フランチェスコ・アイエツ
制作年:1867年
作品名:『オダリスク』
作品の特徴:イタリアの画家アイエツによる作品で、オリエンタリズムの影響を受けた優美な裸婦像として描かれています。
ジャン=ジョセフ・バンジャマン=コンスタン
![『Favorite of the Emir』ジャン=ジョセフ・バンジャマン=コンスタン [引用元:wikipedia]](https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/bd/1879_Benjamin-Constant_-_Favorite_of_the_Emir.jpg/1199px-1879_Benjamin-Constant_-_Favorite_of_the_Emir.jpg)
作家名:ジャン=ジョセフ・バンジャマン=コンスタン
制作年:1879年
作品名:『Favorite of the Emir』
作品の特徴:オリエンタリズムの代表的な画家による作品で、豪華な東洋の宮殿の雰囲気の中でオダリスクが描かれています。
フェルディナン・ロワベ
![『オダリスク』フェルディナン・ロワベ [引用元:wikipedia]](https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1a/Roybet_-_Odalisque.jpg)
作家名:フェルディナン・ロワベ
制作年:1900年頃
作品名:『オダリスク』
作品の特徴:19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した画家による作品で、世紀末の雰囲気を感じさせる官能的な表現が特徴です。
アンリ・オットマン
![『眠っているオダリスク』アンリ・オットマン [引用元:wikipedia]](https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/67/Henri_Ottmann%2C_%27Courtisane_Endormie%27%2C_1920.jpg)
作家名:アンリ・オットマン
制作年:1920年
作品名:『眠っているオダリスク』
作品の特徴:20世紀に入ってからの作品で、伝統的なオダリスクのテーマを現代的な感覚で描いています。
アンリ・マティス
![『トルコ椅子にもたれれるオダリスク』アンリ・マティス[引用元:パリ市立近代美術館 公式HP]](https://daruma3.jp/kaiga/wp-content/uploads/2024/11/『トルコ椅子にもたれれるオダリスク』アンリ・マティス[引用元:パリ市立近代美術館-公式HP].jpg)
作家名:アンリ・マティス
制作年:1928年
作品名:『トルコ椅子にもたれるオダリスク』
作品の特徴:この作品は、マティスのオダリスクシリーズの中でも特に有名な作品の一つです。鮮やかな色彩と大胆な構図が特徴的で、オリエンタリズムの影響を受けつつも、マティス独自の様式で描かれています。
異国文化への関心と絵画の新たな挑戦が垣間見える、それぞれの「オダリスク」
「オダリスク」は、単なる異国情緒や官能性の象徴を超えた存在です。その背後には、文化と歴史が織りなす複雑な物語が隠されています。ヨーロッパの画家たちは、この題材を通じて、自らの想像力と美学を自由に表現し、観る者を魅了しました。
この記事で紹介した名画の数々をきっかけに、ぜひ「オリエンタリズム」や「オダリスク」というテーマにさらに関心を深めてみてください。新たな視点で鑑賞することで、これまで知らなかった美の世界がきっと広がるはずです。

