アルフォンス・ミュシャの作品は、アール・ヌーヴォーの象徴として多くの人々に愛されています。
ポスターに描かれた女性像は、優美で繊細な線と豊かな装飾が目を引き、今もなお多くのファンを魅了しています。
目次
世紀末のパリで活躍したアルフォンス・ミュシャ
アルフォンス・ミュシャは、世紀末のパリを象徴するポスター・デザイナーであり、壮大なテーマを重厚な油彩で描き続けた画家として知られています。
ミュシャの作品は、ポスターから油彩画に至るまで、どれもが「ミュシャ風」と呼ばれる独特のスタイルを持っており、多くに人の目を惹きつけました。
ミュシャの名が広く知られるきっかけとなった代表作『ジスモンダ』。
ミュシャが初めて制作したポスターで、繊細な装飾と流れるような線描、そして植物のモチーフなどが融合した様式は、ミュシャの独自性を確立させました。
アルフォンス・ミュシャを一躍有名にした『ジスモンダ』とは
作品名:ジスモンダ
作者:アルフォンス・ミュシャ
制作年:1894年
技法・材質:リトグラフ・紙
寸法:217.9cm×75cm
所蔵:サントリーポスターコレクション
アルフォンス・ミュシャの代表作『ジスモンダ』は、1894年に制作されたミュシャの最初のポスター作品です。
ミュシャの名前を広く世に知らしめた出世作でもあり、このポスターは当時のフランスで絶大な人気を誇っていた女優サラ・ベルナールのために制作され、彼女の主演舞台『ジスモンダ』を宣伝するものでした。
『ジスモンダ』の特徴は、極端に縦長のフォーマットです。
また、ポスターの上下に文字の帯が配置されており、中央には美しい女性像が描かれ、静かに佇んでいます。
中央に描かれている女性こそが、主役のジスモンダであり、女優サラ・ベルナールです。
彼女の頭上にはアーチ状の窓が描かれており、古典的で壮麗な雰囲気が漂っています。
また、幾何学的なアラベスク模様や女性の髪の表現が一体化して調和を生み出すパターンは、のちに「ミュシャ風」として広く知れ渡るようになりました。
舞台公演『ジスモンダ』のポスターを急遽手がけたアルフォンス・ミュシャ
1895年、新年の始まりとともにパリで注目を集めた舞台公演『ジスモンダ』のポスターは、まさに芸術史に残る伝説の作品です。
元旦から町中に貼りだされたポスターの依頼が舞い込んだのは、前年のクリスマスでした。
依頼を受けたルメルシエ工房は、職人たちが休暇中で不在のため、代わりに工房で働いていた無名の画家アルフォンス・ミュシャが、この重要な仕事を引き受けることに。
ポスター制作は未経験ながらも、短期間で作品を完成させ、このポスターが街に貼られるや否や、瞬く間にパリジャンの心を掴みました。
柔らかい色調で表現された崇高な女性像が特徴的で、中央に描かれた主役のジスモンダが圧倒的な存在感を放っています。
ミュシャのポスター作品を見た主演女優サラ・ベルナールは、大変感銘を受けて即座にミュシャと5年の契約を結ぶこととなりました。
このポスター制作をきっかけに、ミュシャのもとには次々と仕事の依頼が舞い込むようになり、彼の名声は確固たるものとなっていきました。
初期作品の『ジスモンダ』にはビザンティン様式が用いられている
ミュシャの出世作となった『ジスモンダ』には、初期作品によく見られる特徴的なビザンティン様式が色濃く反映されています。
描かれた主役のジスモンダが手にしている植物がナツメヤシの枝であり、キリスト教の枝の主日を表現したシーンであると分かります。
枝の主日とは、復活祭の1週間前にキリストがエルサレムに入ったことを記念する日であり、作品中では聖書の象徴的な出来事が取り入れられているのです。
また、『ジスモンダ』は、ミュシャ作品を代表する特徴であるアール・ヌーヴォー様式ではなく、モザイクに象徴されるビザンティン様式が用いられています。
女性像の背景には、ミュシャが影響を受けたビザンティンの宗教画にみられる幾何学模様やアーチが描かれており、独特で草原な雰囲気を醸し出しています。
多くの人は、ミュシャといえばアール・ヌーヴォー様式をイメージしますが、初期作品である『ジスモンダ』では、ビザンティン様式のデザインが顕著であり、その後の作品の礎になったともいえるでしょう。
背景のアーチは以後のポスター作品に大きな影響を与えた
ミュシャの出世作『ジスモンダ』は、画面構成の革新性で注目を集めました。
中でも特に革新的な要素だったのが、主役のサラ・ベルナールの頭上に描かれた華やかで虹色のアーチです。
アーチは、ミュシャ作品を代表するデザインで、以後の演劇ポスターには繰り返し同じシンボルが使われるようになりました。
『ジスモンダ』には、当時の一般的なポスターにみられる鮮やかな色彩とは対照的に、繊細なパステルカラーを使って描かれている特徴があります。
おそらく、背景部分の制作時間が足りなかったのか、飾りのない余白が目立ちます。
唯一の背景装飾として頭の後ろには、ビザンチン風のモザイク模様のタイルが描かれているのが特徴です。
アール・ヌーヴォーを代表するミュシャの作品はいまもなお愛され続けている
今回紹介した『ジスモンダ』をはじめとした数々のミュシャ作品は、ビザンティンや東欧の影響を受けつつ、自由な発想と美的感覚で革新をもたらし、後世に大きな影響を与えました。
その後、ミュシャはアール・ヌーヴォーの第一人者として多くのポスター作品を制作しています。
自由な発想と美的感覚で、ポスター業界に革新をもたらした「ミュシャ風」の作品は、今でも多くの人々に愛されています。