不思議 な描写で目を惹く鈴木其一『夏秋渓流図屛風』の魅力とは
鈴木其一は、江戸琳派の祖である酒井抱一に学び、琳派の伝統を受け継ぎながらも、独自の個性的な間隔により、琳派の造形を近代絵画につないだ画家です。
代表作の『夏秋渓流図屛風』は、其一の芸術性が集約された作品で、国の重要文化財にも指定されています。
琳派に新しい風を吹き込んだ鈴木其一と『夏秋渓流図屛風』
其一は、俵屋宗達や尾形光琳、酒井抱一と続いてきた琳派の系譜をさらに発展させ、大胆かつ斬新な表現方法により、現在でも高い評価を受けています。
本作は、江戸琳派の奇才とも称される其一の作風が見事に表現されており、従来の琳派の枠にとどまらない自由で大胆な構図が魅力の一つです。
渓流の流れや自然の移ろいを巧みに描いた本作は、近代絵画への先駆けともいわれ、其一の芸術的探求が具現化された作品です。
琳派を代表する鈴木其一が描いた『夏秋渓流図屏風』とは
作品名:夏秋渓流図屏風
作者:鈴木其一
制作年:19世紀
技法・材質:紙本金地着色(6曲1双)
寸法:(各)縦165.8cm 横363.2cm
所蔵:根津美術館
鈴木其一の代表作『夏秋渓流図屛風』は、檜の林と岩間を流れる渓流が描かれた六曲一双の屏風です。
本作では、左側に夏の風景が、右側には秋の風景が広がり、対比が際立っています。
夏の景色には、鮮やかな緑色の葉と咲き誇るヤマユリが印象的に描かれ、秋の場面では、桜の葉が深紅に染まり、季節の移ろいを巧みに表現しています。
本作は、限定されたモチーフの中で、強烈な色彩の対比と、独特な描写の妙が楽しめる点が魅力の一つです。
植物や川の緑青や群青の色彩が金地と対照をなす部分は、みる者の心を惹きつけます。
さらに、複雑な形をした岩肌をアメーバのように這う渓流、樹皮やヤマユリ、紅葉、桜の葉などの克明な描写は、リアルで生々しさがありながらも、非現実的な独自の世界観を生み出しています。
また、極端に単純化された岩笹をはじめとした自然のディティールと精密な描写の組み合わせは、みる者に不思議な感覚を与えるでしょう。
不思議な描写表現により、『夏秋渓流図屛風』が風景描写にとどまらないことを強く印象づけています。
写実性とデザイン性を融合させた奇妙な作品
琳派といえば装飾的でデザイン的な作風が想像されますが、鈴木其一の『夏秋渓流図屛風』は、現実の風景をスケッチしたかのような写実性が強調されています。
しかし、一見するとリアルな風景画のように見えますが、細部をよく鑑賞していくと、独特なデザイン性が潜んでいるのがわかります。
たとえば、夏の場面に描かれたヤマユリは、葉の裏まで精密に描かれ、まるで実物を見ているかのようなリアルさが感じられますが、一方で、クマザサの葉は単純化され、すべてが正面を向くという非現実的なデザインが施されているのです。
また、水流はアメーバのようにどろっとした描写がされており、檜や岩に生えた苔も、過剰なまでに多く描かれており、一見リアルな光景でありながらも奇妙な印象を与えます。
本作は、写実的な要素とデザイン化された要素が融合することで、作品全体が一種の違和感を生み出し、現実を超えた幻想的な世界観を生み出しています。
円山応挙の『保津川図屛風』を連想させる構図
『夏秋渓流図屛風』の構図は、渓流が屏風の右隻と左隻からそれぞれ手前に流れ落ちる形で描かれています。
群青と金泥で表現された水流は、透明感が欠けた不透明な塊のようにも見えます。
水流の重なり合う波と流れの大小だけで、奥行きが表現されている独特な構図は、円山応挙の名作『保津川図屛風』との関連性がうかがえるでしょう。
其一は、江戸を拠点としていた画家ですが、38歳のときに京都の土佐家で修業するという名目で、西日本を旅しています。
旅先でみたさまざまな風景をスケッチとして残しており、自然の景観や水流の描写を深く観察していたことがうかがえます。
応挙の作品も、旅の中で鑑賞した可能性があり、その影響が『夏秋渓流図屛風』に表れていると考えられるでしょう。
中国の花鳥画を思わせる画風で琳派らしさの少ない作品
『夏秋渓流図屛風』からは、中国の花鳥画を思わせる要素が強く感じられます。
一枚の絵の中に異なる質感の表現が共存する点は、中国の花鳥画に見られる特徴です。
そのため、其一は中国絵画から影響を受けていた可能性があるといわれています。
実際に、其一は中国絵画の模写的な作品も残しており、中国の技法や構成を取り入れていたと考えられるでしょう。
しかし、中国絵画がメインとなるモチーフを明確にし、周囲の要素をラフに描くことが多いのに対して、『夏秋渓流図屛風』ではリアルに描かれたヤマユリと、文様化されたクマザサのように、写実と抽象が混在し、明確なヒエラルキーが見られません。
表現の統一性の欠如が、みる者に奇妙さや不思議な感覚を与えているのです。
また、琳派では、風景を写実的に描くことは少なく、むしろ大胆な色彩や装飾的なデザインが強調されます。
『夏秋渓流図屛風』も色彩においては琳派の影響が見られますが、それ以外の要素においては琳派らしさがほとんど感じられず、むしろ異質な表現が目立ちます。
其一が描いた本作は、琳派の枠を超え、独自の芸術性を追求した結果、琳派とは異なる奇妙な魅力を放つ作品となっているのです。
琳派の作品に多彩な絵画表現を取り込んだ鈴木其一
今回ご紹介した『夏秋渓流図屛風』は、鮮やかな色彩と写実性とデザイン性が融合した奇妙な手法により、今もなお、多くの人たちの心を惹きつけています。
また、其一の描く作品の数々は、明治時代に日本を訪れていたフェノロサやフリーアなど、著名な日本美術愛好家の心をとらえ、海外の美術館でもいち早く紹介されています。
画狂や奇才とも呼ばれた其一が描くすばらしい作品を、ぜひ間近で鑑賞してみてください。