日本には美しい四季があり、掛軸でも季節を楽しむ文化が古くからあります。
菖蒲掛軸もその代表例。ではなぜ菖蒲の掛軸は多くの作家に描かれ、掛軸として親しまれているのでしょうか。その由来や、込められた思いなどを紐解いていきましょう。
目次
菖蒲の掛軸の意味や由来とは
菖蒲の香りは邪気を清められるとされています。昔から中国では、5月に生まれてくる子どもは親を不幸にするとされていました。5月は不吉な月とされていて、そのせいで5月に生まれた子どもを捨ててしまう親が後を絶ちませんでした。子どもが捨てられるのを防ぐために、5月5日に魔除けや無病息災を願い邪気を払うさまざまな行事が誕生します。そこで、邪気を祓う菖蒲が利用されていました。
日本でも、旧暦の5月は梅雨の時期で水害や疫病が発生しやすく、作物も育ちにくくかびやすい、あまり良い月とはされていませんでした。水害や疫病を祓い、作物の豊作を祈るための行事として「さつき忌み」が誕生します。身を清めた女性が田植え前にヨモギや菖蒲で作った屋根の小屋で神様を迎え入れる行事です。
このように菖蒲には邪気を祓い清めてくれる効果があるとされ、植物そのものだけではなく掛け軸に描かれ厄除け祈願に用いられるようになりました。
菖蒲の掛軸を掛軸を飾る時期はいつ?
菖蒲の掛け軸は5月5日の端午の節句で飾られることが多くあります。
端午の節句は奈良時代から続く古き良き年中行事です。鎌倉時代ごろに、菖蒲と尚武が同じ読み方であることや、菖蒲の葉っぱが剣の形に見えることから端午は男の子の節句とされました。
そのため、端午の節句では男の子が健康ですくすくとたくましく成長できるよう祈り、厄除けを祈願するようになりました。子どもの成長を祈って、五月人形やこいのぼりを飾り、床の間には兜飾りと一緒に武者や菖蒲、鍾馗の掛軸をかける特徴があります。
菖蒲の掛軸を描いた作品や作家たち
端午の節句で厄除けとしてよく用いられる菖蒲の掛軸は、さまざまな作家によって描かれています。
小林古径
作家名:小林古径(こばやしこけい)
代表作:『紫苑紅蜀葵(しおんこうしょっき)』『楊貴妃』『菖蒲』
小林古径は1883年、新潟県中頸城郡高田土橋町(現・新潟県上越市大町)に生まれ、新古典主義と呼ばれる画風を確立した画家です。
1894年、11歳のときに東京美術学校で横山大観と同期だったとされる山田於菟三郎に日本画の教えを受け始めました。
その後、絵の道への興味が深まり、新潟で活動していた遊歴画家の青木香葩に教えを受け、歴史画を描きながら画家への道を目指します。1899年、16歳で上京して新聞小説等の挿絵画家として有名な梶田半古の画塾に入門。半古は当時、絵画共進会審査員も務める気鋭の画家でした。
1914年に描かれた『異端』は第1回再興日本美術院展で入選。その後、紅児会風の情緒的な表現から写実的な表現へと変化していきます。1922年には、前田青邨と一緒に日本美術院留学生としてヨーロッパに約一年滞在。西洋美術を学びます。
エジプト、ギリシャ、イタリア、フランスを周遊し帰国した後の画風は、線の表現が洗練され構図もより簡潔に変化しました。中世キリスト教美術とエジプト美術の様式美が影響を与えたとされています。
1944年には、帝室技芸員を拝命するとともに東京美術学校(現・東京藝術大学)の教授となり、画家を指導する立場となります。1950年、67歳で文化勲章を受章。
1952年『菖蒲』の出典を最後に作品の出品は途絶え、1957年74歳で生涯を閉じました。
佐藤隆良
作家名:佐藤隆良(さとうたかよし)
代表作:『アグリジェント』『法起寺』『牡丹』
佐藤隆良は1950年、福島県生まれです。高校卒業後に画家を目指して上京しています。平山郁夫に教えを受け、1981年に開催された第66回日本美術院秋季展で『漁村』が初入選しました。2010年には鎌倉長谷寺宝物館で個展「祈りのひかり」を開催しています。個展をきっかけに開山1300年を迎える鋸山の日本寺の襖絵を依頼され制作しています。
佐藤隆良の受賞歴は以下のとおりです。
・日本美術院展日本美術院奨励賞
・日本美術院展春季展賞受賞
・有芽の会展受賞
・福島県展大賞受賞
北上聖牛
作家名:北上聖牛(きたがみせいぎゅう)
代表作:『青葉の蔭』『はなれ国の初夏』
北上聖牛は1891年、函館生まれで叔父は日本画家の北上峻山です。1907年、京都烏丸で薬屋を営む上羽氏のもとで約3年間、着物の染色や紋、上絵を行いました。その後、叔父にあたる北上峻山から約1年、教えを受けて日本画の絵具の扱い、古典派の美人画などを学びます。
1913年、京都で竹内栖鳳の画塾竹杖会に入門し教えを受けます。1916年、第10回文展で『はなれ国の初夏』が初入選。1917年には、第11回文展で『睦しき日送り』が入選しています。1918年、京都の四季を画題にした『嵐山の春』が第1回帝展に入選。
1925年、京都で研究団体「冬心会」を設立しました。第1回道展には特別会員として『残月』を出品しています。写実的な花鳥画を得意とする画家で、1969年、78歳で息を引き取るまで熱心に作品を描き続けていました。
菖蒲に込められた意味を知ると、掛軸をもっと楽しめる
菖蒲には、古くから邪気を祓い清める力があるとされてきました。そのため、梅雨の時期にあたる旧暦の5月初めの端午の節句では、厄払いとして菖蒲湯に浸かる習慣があります。また、端午の節句では掛軸に描いた菖蒲を飾る習慣もあります。菖蒲の掛軸は厄除けとしても用いられているのです。
菖蒲の掛軸には季節を楽しむ目的以外にも、清めの目的があるとわかりました。菖蒲の掛軸を飾る時期は春分の日を過ぎてから5月いっぱいほどが目安です。菖蒲に込められた意味を振り返り、端午の節句をお祝いしましょう。