ゾロアスター教とペルシャ絨毯と聞いても、共通点が浮かぶ人は少ないのではないでしょうか。ゾロアスター教は古代ペルシア発祥の歴史上最古の宗教であり、ペルシャ絨毯はイランの伝統的な織物製品です。一見交わることのないように感じられますが、実は長い歴史の中においては関係している場面もあります。2つの伝統的な文化が交わり生まれたペルシャ絨毯の美を楽しむためにも、ゾロアスター教の歴史や関係値をチェックしてみましょう。
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ペルシャ絨毯とゾロアスター教との関係
ペルシャ絨毯もゾロアスター教も歴史が古く、イランにおいては多くの人に知られているものです。それぞれの歴史や特徴は知っていても、関係性については知らない方も多くいます。ペルシャ絨毯のさらなる魅力を発見するためにも、歴史をさかのぼりゾロアスター教との関係性を深堀してみるのもよいでしょう。
ゾロアスター教とは
ゾロアスター教とは拝火教とも呼ばれており、古代ペルシア発祥の歴史上最古の宗教です。現在でもイランやインドを中心に、世界中に信者が存在します。また、世界3大宗教の基礎にもなっている宗教です。ザラスシュトラが説いたゾロアスター教の教えでは、善悪二元論の思想があります。
全知全能の神で、ゾロアスター教の最高神アフラ・マズダが創造したとされるこの世界には、善い神と悪い神がいるとされています。善い神は、人類の守護神であるスプンタ・マンユを筆頭にした7神。悪い神は、悪、苦痛、病気、死の源泉とされるアンラ・マンユを筆頭にした7神です。
今の時代は善い神と悪い神が戦っている時間であり、苦しい日々が続くのはアンラ・マンユたちが優勢なとき、楽しい日々が続くのはスプンタ・マンユが勝利し続けているからだとしています。もし、この世を1人の神が正義の下に創造していたとしたら、悪人はいないはずです。ゾロアスター教では、清く正しく生きていても人生に苦しみがつきものなのは、神にも善と悪があるからだと説いています。
ゾロマスター教では、1万2000年後に未来の終末が訪れ、アフラ・マズダが最後の審判を行うとされています。生きている者だけではなく死者も審判の対象となり、全人類が選別されるのです。悪人は地獄に落ち、滅び去ります。善人は永遠の命を授かり、天国で生きるとされています。
ゾロアスター教の時代から存在したペルシャ絨毯
ゾロアスター教は、紀元前2世紀に栄えたパルティア王国の人々の手によって聖典『アヴェスター』として編纂されました。その後のササン朝は、226~642年に栄えた王朝で、アケメネス朝の再興を目指すとともにゾロアスター教を国教化しました。第21代君主ホスロー1世の時代に最盛期を迎え、この時期に『ホスローの春』と呼ばれる幻のペルシャ絨毯が製作されたとされています。
『ホスローの春』の現物は残っておらず、アラブの史家タバリーが書いた『諸預言者ならびに諸王の歴史』の中に記述が残っている絨毯です。サイズは縦140m×横27mととても大きく、楽園のような美しい庭園の文様が施され、宝石や貴石などが縫いつけられた豪華絢爛なペルシャ絨毯であったとされています。『ホスローの春』はササン朝ペルシアの都にあるクテシフォン宮殿に敷かれていました。
ホスロー1世が亡くなった後、ササン朝ペルシアがアラブのイスラム教徒によって侵攻された際、戦利品として『ホスローの春』が持ち帰られましたが、その後バラバラに切断され兵士たちに分配されたといわれています。
残念ながら『ホスローの春』の実物は現存せず書の記録のみですが、ゾロアスター教が国教化されていた古い時代から、宮殿や王宮などの敷物としてペルシャ絨毯が利用されていたことがわかります。
ゾロアスター教がペルシャ絨毯に与えた影響
ゾロアスター教は、古代に製作されたペルシャ絨毯の文様にも大きな影響を与えたとされています。ゾロアスター教は、農耕と牧畜を高貴な職業とする信仰であったため、樹木文様やペイズリーの起源になっているともいわれています。
樹木模様は糸杉模様とも呼ばれ、古代より東方では樹木が生命や不死の象徴であったため神聖な模様として尊ばれていました。樹木模様は永遠の生命を表しており、ペルシャにイスラムがもたらされたときには、すでにゾロアスター教徒が炎の形をなぞらえて絨毯に織り込んでいたともいわれています。ペイズリーの起源もイランにあるとされており、ゾロアスター教徒が拝する炎を意匠化したとする説があります。また、風に揺れる糸杉をモチーフにしているとの説も。
また、ゾロアスター教は産地独特の文様にも影響を与えています。タフリシュで製作されるメダリオン・コーナーはクロック・フェイスと呼ばれる独特な文様です。このデザインはゾロアスター教の唯一絶対神である太陽神をイメージしているといわれています。
ペルシャ絨毯の産地として知られるアルデビルは、ゾロアスター教の聖地を意味するアルタヴィルが由来ともいわれています。また、ナインではかつて、ゾロアスター教が掘った洞窟の中に機織り機を設置してウール素材の生地を製作していました。
ゾロアスター教の影響も残る、ペルシャ絨毯
古代ペルシア発祥の世界最古の宗教であるゾロアスター教は、イラン国内においてさまざまな影響を残しています。ペルシャ絨毯もその影響を受けたものの一つです。ペルシャ絨毯の歴史も古く、ゾロアスター教が国教化されていた時代でともに存在し、宮殿や王宮などで利用され大きな印象を残しています。また、ペルシャ絨毯の文様として親しまれている樹木模様・糸杉模様やペイズリーもゾロアスター教と深い関係があるとされています。ペルシャ絨毯は長い歴史の中で、さまざまな出来事や物と共存していたことがわかるでしょう。