鯉は古くから縁起が良いとされ好まれてきた題材で、掛軸としても長く楽しまれてきました。
鯉が滝を登る姿や飛び跳ねる様子と水しぶきなどが、自然の美しさも感じさせてくれる作品です。
鯉の掛軸にはさまざまなシチュエーションを用いた作品があります。それぞれに意味が込められているため、鯉の掛軸を鑑賞する際は作品そのものの美しさに触れるだけではなく、描かれた意味にも心を傾けてみることで、より芸術作品としての魅力を感じられるでしょう。
目次
縁起の良い「鯉」は掛軸でも人気
鯉が題材になった掛軸は現代でも人気のある作品の一つです。
鯉の滝登りや跳鯉、登竜門など画題はさまざまで、2匹の鯉が対になって泳ぐ遊鯉の画題も人気があります。
鯉の掛軸は縁起が良いとされており、さまざまな意味が込められています。
たとえば、鯉が滝を登る姿は鯉の力強さを感じさせてくれるとともに、滝を登った鯉はやがて龍になるという伝説があり、立身出世や金運上昇、商売繁盛などの意味が込められている掛軸です。
激流を鯉が登る姿は、さまざまな障害を乗り越えることや勢いがあることを意味し、目標を達成する強さ、勇気、忍耐力なども表現しています。また、子どもが滝を登る鯉のようにたくましく育つようにと願いを込めて、出産や入学などのお祝い事で飾られる場合もあります。
鯉の滝登りの起源は古代中国とされており、「急流の滝を登る鯉は、登竜門をくぐり天まで登って龍になる」という登竜門の故事から伝わりました。
この伝説の影響を受け、日本でも立身出世の象徴として盛んに鯉の絵画が描かれるようになったといわれています。
また、鯉はなわばりをもたない魚で、けんかをせず穏やかに泳いで暮らすことから、2匹が対になって泳ぐ遊鯉の掛軸は、夫婦円満・家庭円満の意味が込められている画題でもあります。
そして、松と鯉を組み合わせて描かれた掛軸も多く存在します。
「松鯉」と書いて「しょうり」と読めるため、勝利につながる縁起の良い画題とされています。そのため、勝負事の運気上昇や受験合格などの時期によく飾られる掛軸です。
同じ鯉の滝登りという画題でも、作家によって表現方法がさまざまである点も、鯉を題材とした掛軸作品の魅力といえます。
鯉は端午の節句でも掛軸として掛けられる
鯉の掛軸は端午の節句でもよく掛けられている作品です。
端午の節句とは、毎年5月5日に男の子の誕生を祝うとともに健やかな成長を祈る行事です。
古代中国では月と日に奇数の同じ数字が入ることを忌み嫌っており、重なる日の邪気を祓うためのさまざまな行事が存在しました。
端午は、はじめの午の日を意味しており、「午」を「ご」と発音することもあるため、数字の五と混同され、日本では5月5日に端午の節句として厄除けの儀式を行うようになったといわれています。
端午の節句では五月人形を飾ったり、鯉のぼりをあげたりします。
鯉のぼりをあげる理由と鯉の掛軸を飾る理由は共通のものです。
鯉が急流の滝を登り切り、天まで昇ると龍になるという中国登竜門の故事の言い伝えがあります。この言い伝えから鯉は生命力の強さと立身出世を象徴しているのです。
そのため、男の子の健やかな成長を願う端午の節句で縁起が良いとされる鯉のぼりがあげられたり、鯉の掛軸が飾られたりするようになりました。
また、鯉の掛軸には、鯉と金太郎がセットになって描かれている「鯉金(こいきん)」と呼ばれる作品があります。
鯉金は伝統的な画題で、江戸時代から男の子の立身出世や身体堅固の願いを込めて描かれてきました。
鯉を描いた有名作家とその作品
鯉を題材にした掛軸は縁起が良いとされ古くから描かれており、現代でも人気のある作品です。
鯉の掛軸は多くの作家が制作しており、鯉の滝登りや遊鯉など同じテーマであったとしても、まったく異なる雰囲気をもつ作品に仕上がっている特徴があります。
鯉の掛軸は、絵のタッチや表現方法だけではなく、鯉の構図にも注目して鑑賞してみましょう。作家によってさまざまな構図から描かれた鯉は、一つひとつ違った魅力を感じられるといえます。
森田光達
作家名:森田光達(もりたこうたつ)
生没年:1898年-1976年
森田光達は鯉の絵を得意とする日本画家で、鯉の光達とも呼ばれています。
1898年に鳥取県淀江町に生まれました。1918年に京都へ上り、戸島光阿弥に教えを受け、漆画を習得しています。
鯉を描いた作品は、『躍鯉』『松鯉』『双鯉図漆絵』などがあります。
立身出世や繁栄の象徴とされてきた鯉は、掛軸にも多く作品があり、端午の節句掛けとしてはもちろん、年中掛けとしても鑑賞されています。とくに『躍鯉』は男の子の健やかな成長を願う端午の節句への願いが込められた作品であるといえるでしょう。
森田光達が描く鯉を題材とした作品は、鳥取県立博物館や米子市美術館などに収蔵されています。
円山応挙
作家名:円山応挙(まるやまおうきょ)
生没年:1733年-1795年
円山応挙は日本写生画の祖と呼ばれる有名な画家です。
円山応挙も鯉の絵画を描いています。
円山応挙が描いた『龍門鯉魚図』は、鯉の滝登りの絵画の一標範になったといわれている作品です。
墨の濃淡を活用して鯉の体の立体感やうろこの質感を表現している点も魅力の一つですが、この作品の見ごたえは斬新な構図にあります。
『龍門鯉魚図』は独特なアングルで描かれており、滝を登る鯉の背中を真上から見た様子が描かれています。
一般的に、滝を眺めるときは滝壺近くから滝を見上げるか、崖の上から滝を見下ろすことになるでしょう。
しかし、円山応挙が描いたのは滝の中腹を駆け登る鯉の背中をまっすぐに見た図。
通常であれば空に浮かんでいない限り見られない構図といえます。
日常生活では見ることが叶わない斬新な視点から描かれたこの作品は、現代だけではなく当時の人々をも新鮮な驚きに包んだことでしょう。
また『龍門鯉魚図』はもともと2つの掛軸を対にして掛けることを意図して制作されています。
縁起物として、涼しげな姿として、鯉の掛軸は楽しまれている
このように鯉は縁起の良いものとされ、掛軸にも多くの作品があります。
端午の節句に飾る行事掛けとしても利用でき、年中掛けとしても楽しめるでしょう。
また、滝の涼しげな図柄から夏の季節掛け掛軸としても人気を集めています。
鯉の生き生きとした動きや色彩、水面に描かれた波紋は見るものの心を引き込みます。
縁起の良い鯉の掛軸には金運上昇、商売繁盛などの願いも込められており、美術的な価値だけではなく心に温かい感動と幸福感をもたらしてくれる作品といえるでしょう。