女性の後ろ姿と振り向いた瞬間を描いている『見返り美人図』は、最も有名な浮世絵作品の1つです。
女性の優雅で美しい後ろ姿は多くの人の目を引き、現代に至るまで多くの人の心を魅了しています。
この作品を描いた菱川師宣は、浮世絵の祖ともいわれており、菱川師宣がいなければ浮世絵の発展は進んでいなかったかもしれません。
江戸時代に浮世絵を広める大きな役割を果たした菱川師宣と『見返り美人図』の歴史や特徴を知り、美人画掛軸への魅力を深めていきましょう。
誰もが見たことのある、見返り美人図
『見返り美人図』は浮世絵の中でも人気のある美人画です。
美人画とは、江戸時代における流行りの美人の姿を描いた作品で、多くの作家が描いている画題の1つ。
美人画は、当時の絵師たちが理想とする美人を具現化して描いていたものでしたが、のちに芸者や水茶屋の看板娘、町娘なども描かれています。
また、美人画は、単なる芸術作品ではなく、当時流行っていたファッションが図柄に色濃く反映されていたことも特徴の一つで、版画技術が広まった江戸時代では、美人画が流行ファッションの情報源としての役割も果たしていたといわれています。
『見返り美人図』は肉筆浮世絵の元祖
『見返り美人図』とは、菱川師宣(ひしかわもろのぶ)が描いた肉筆浮世絵です。
菱川師宣は、浮世絵の祖と呼ばれるほど、浮世絵の歴史を語るのに欠かせない絵師の一人。
海と山に囲まれた大自然が広がる房州保田で生まれた菱川師宣は、幼少期から絵を描くことを好んでいました。
彼が若い頃は、長男として家業を継ぐために縫箔師の仕事を手伝っていました。この頃、図案のデザインに多く触れたことで、絵画的なセンスと技術を磨いていったとされています。
諸説ありますが、菱川師宣は16歳ごろに房州から海路を使い、江戸に出向いたといわれています。しかしそれは絵師としての道を進むためではなく、縫箔師の技術を学ぶことがきっかけだったとも。菱川師宣は、江戸で絵師の名門として知られる狩野派や土佐派、長谷川派の三大流派の技法を学び、技術に磨きをかけていきました。
菱川師宣がいつ頃から縫箔師ではなく絵師としての道1本で進み始めたかは、資料が残されていません。しかし、縫箔師としての活動を続ける中で、徐々に絵師の世界に足を踏み入れていったとされています。
菱川師宣は浮世絵の祖とも呼ばれていますが、実は、浮世絵を広めたのは菱川師宣だけではなく、ほかにも岩佐又兵衛など複数の絵師がいました。
こういった複数の絵師の活躍と出版産業の変化がうまく合わさり、浮世絵文化が誕生したといえるでしょう。
菱川師宣が浮世絵を大きく発展させるきっかけとなったのが、挿絵を大きくしたことでした。
それ以前の挿絵は、読者の理解を補助する添え物の役割としてで、あくまでもメインは文字でした。
しかし、菱川師宣は絵をメインとする描き方に逆転させたのです。これが文字を読むのが苦手だけど本を読みたいと考えている庶民の心を掴み、庶民が出版ブームの新たな消費者として取り込まれていったのでした。
菱川師宣は、版画だけではなく肉筆画でも才能を開花させ、絵巻や屏風、軸物などで多くの名作を残しており、特に晩年には多くの肉筆画の傑作を生み出しています。
肉筆浮世絵とは、版画の浮世絵と区別するために生まれた言葉で、浮世絵師が自らの筆で直接紙や絹に描いた浮世絵を指しています
菱川師宣の肉筆浮世絵の中でも最も有名なのが、あの『見返り美人図』。
このあまりに作品は、現在まで使われる「見返り美人」の言葉の語源となっています。
『見返り美人図』には、当時流行っていたファッションを取り入れ描かれています。
髪型は玉結びと呼ばれるものです。前髪を別に取って立て、背後の髪は輪っか状に結びます。べっ甲模様の差し櫛と笄を刺しており、笄の先端には家紋の透かし彫りまで描く凝りようです。
また、着物は当時高級品として知られていた紅で染めた生地に絞りが入れてあり、白や水色、金糸で刺繍された花柄が赤い着物に映えています。
帯も当時流行りの吉弥結びで描かれています。
『見返り美人図』を含めた当時の美人画は、現代でいうファッション誌のような役目を果たしていたといえるでしょう。
切手のデザインとしても有名に
『見返り美人図』の絵柄はその人気ぶりから切手にもなっています。
これまでに3度発行されており、1度目は1948年に切手の収集家向けに発行されている切手趣味週間シリーズの第2弾として登場しました。当時は浮世絵の切手自体が大変珍しかったため人気が集中し、1960年代の切手収集ブームを引き起こしたともいわれています。
その後、1991年には郵便事業120周年記念切手として、1996年には郵便切手の歩みシリーズとして合計3回発行され、現在でも中古市場で人気の高い絵柄となっています。
掛軸でも楽しまれる、見返り美人図
「浮世絵の祖」と呼ばれる菱川師宣が描いた『見返り美人図』は、大変有名かつ人気の作品であるため、レプリカ作品も多く市場に出回っています。
切手のデザインとしても有名な『見返り美人図』。
当時のファッションを取り入れたデザインは、その時代の流行りや暮らしぶりも想像しながら楽しめる作品です。
この作品は、東京国立博物館(東京/上野)に収蔵されており、展覧会などで鑑賞することができます。
近代の浮世絵ブームの火付け役ともなった人気の高い『見返り美人図』。
手元に置きたいと複製品を掛軸で楽しむ人が多いのも納得できる、素晴らしい作品です。