ちゃきちゃきの江戸っ子である歌川国芳が手がけた浮世絵は数多く残されており、大胆で迫力のある作品から、可愛らしさを前面に出し風刺する作品まで、多彩な点も魅力の一つです。
中でも、巨大な骸骨が描かれた『相馬の古内裏』は、浮世絵に詳しくない人でも一度は見たことがあるのではないでしょうか。
目次
奇想の絵師「歌川国芳」が描く『相馬の古内裏』
歌川国芳とは、江戸時代の末期に活躍した浮世絵師で、型破りな作品から「奇想の絵師」とも呼ばれています。
国芳は『通俗水滸伝豪傑百八人之一人』で一躍人気浮世絵師へと昇りつめたこともあり、武者絵の国芳とも称されています。
『相馬の古内裏』は、国芳の代表作の一つで、山東京伝が書いた『善知安方忠義伝』に取材した作品です。
迫力ある巨大骸骨が目を引く、大胆で奇抜な国芳ならではの魅力が詰まっています。
巨大な骸骨が記憶に残る『相馬の古内裏』とは
作品名:相馬の古内裏
作者:歌川国芳
制作年:1845年-1846年ごろ
技法・材質: 大判錦絵・3枚続
寸法:
左37.2×24.1cm 中37.3×25.2cm 右37.1×25.5cm(千葉市美術館所蔵 )
左37.4×25.1cm 中37.5×25.4cm 右37.5×25.9cm(東京富士美術館所蔵 )
所蔵:千葉市美術館所蔵・東京富士美術館所蔵
相馬の古内裏は、歌川国芳の大変有名な作品で、巨大な骸骨は、江戸時代に考えられたとは思えないほど意外性があり、妖怪好きや奇抜なもの好きの心を惹きつけています。
骸骨の大きさも、現代人の特撮感覚にフィットしているのかもしれません。
立ち姿の女性の身長から考えると、骸骨の身長はおよそ10~12mほどと推測できます。
作品の左上には、以下の文章が書かれています。
「相馬の古内裏に、将門の姫君滝夜刃、妖術を以て味方を集むる。大宅太郎光国、妖怪を試さんとここに来り、遂に是を亡ぼす」
この作品の舞台となっている相馬の古内裏とは、平安時代の武将である平将門の築いた内裏の跡のことです。
新皇を名乗って東国を支配しようとした将門は、朝廷に滅ぼされてしまい、廃墟となった内裏跡には、妖怪や異類異形のものが現れるようになり、人々から恐れられていました。
勇気ある者が内裏跡に足を踏み入れますが、妖怪の姿を直接見て生きて帰る者はいませんでした。
武者の大宅太郎光国は、荒れ果てたかつての内裏に足を踏み入れると、打ちかけた大きな御簾に骸骨の細く尖った指がかかり、御簾の向こう側から巨大な骸骨が現れます。
作品では、暗闇を背に巨大な頭をゆっくりと光国に近づけ、見下ろすようなシーンが描かれています。
画面の左で巻物を広げているのは、将門の娘である滝夜刃姫で、光国と争っているのは、滝夜刃姫に仕える荒井丸です。
内裏の跡に妖怪を出現させていたのは滝夜刃姫で、父の恨みを晴らそうと復讐を計画していたのでした。
歌川国芳は骸骨を強調して『相馬の古内裏』を描いた
この作品は、山東京伝の小説『善知安方忠義伝』をもとに描かれています。
しかし、小説の中でこの3人が顔を合わせるのは、『相馬の古内裏』に描かれているような場面ではなく、巨大な骸骨も登場しません。
小説の中では、滝夜刃姫が妖術を使って出現させた妖怪たちの中に、通常の大きさの骸骨は登場しています。
この小説の中には、たびたび髑髏のモチーフが登場し、読む人に強い印象を与えていたため、国芳はその髑髏のモチーフを巨大化させて印象を深めたと考えられるでしょう。
小説では、古内裏を目指して進む光国の前に空飛ぶ髑髏が現れたり、滝夜刃姫の弟が将門の子であると証明するために、父の髑髏に自分の血を注ぐインパクトの強いシーンがあったりします。
国芳が描いた巨大な骸骨は、将門の怨念を表現しているようにも感じられるでしょう。
巨大な骸骨の後ろに広がる闇や、骸骨の立体感を表す陰影は、漆黒ではなく柔らかい色合いの黒で表現されており、繊細な色使いがうかがえます。
『相馬の古内裏』の骸骨は何を参考に描かれた?
江戸時代、人間の全身骨格をじっくり眺める機会は、そうそうありません。
1774年に江戸で出版された『解体新書』には、全身の骨格や部位の詳細を表した精密な図が載せられていました。
この本の翻訳は、前野良沢と杉田玄白、図を描いたのは小田野直武です。
直武は、原書の精巧な銅版画を丁寧に模写し、木版で印刷しました。
1808年には、亜欧堂田善が輸入書をもとに銅版解剖図を手がけ、背骨や全身骨格の図を描いています。
このような環境下を知ったうえで、あらためて国芳の巨大な骸骨を鑑賞してみると、その精巧で精密な表現に圧倒されるでしょう。
1826年に出版された『重訂解体新書』の解剖図は、骨の各部分が大変精密に描かれているため、国芳はそこから想像を膨らませ、『相馬の古内裏』の巨大骸骨を描いたのではとも考えられています。
しかし、現在も国芳の骸骨描写の出自は、明らかにされていません。
目にしたものから想像を膨らませて描くことが得意な国芳は、何らかの医学書を読み、想像する中で、巨大な骸骨のイメージが頭の中に浮かび上がってきたのかもしれません。
巨大な骸骨を描きインパクトある作品に仕上げられた『相馬の古内裏』
今回紹介した『相馬の古内裏』をはじめとした国芳の浮世絵は、大胆かつ迫力のある作品が多く、圧倒されるとともに細部までじっくりと鑑賞したくなります。
また、大胆さの中にユーモラスを含めた作品も多く、人々を楽しませる才能にも溢れていました。
かっこいい姿を描いた武者絵や、ユーモア溢れる戯画や風刺画など、多彩な才能を発揮した国芳の作品を、ぜひ間近で鑑賞してみてください。