江戸時代に大ブームとなった『水滸伝』と浮世絵の深い関係
浮世絵は、江戸時代に流行った娯楽品であり、当時の世相や風俗を表現した絵画作品です。
今では世界で注目を集めており、史料価値と資産価値の高さから人気を博しています。
さまざまな題材で描かれる浮世絵ですが、今回は『水滸伝』をモチーフにした作品について深堀していきます。
当時、なぜこの作品が浮世絵の題材として選ばれたのかを探っていきましょう。
江戸時代の『水滸伝』ブーム
浮世絵の題材として取り上げられている『水滸伝』ですが、どのような作品なのでしょうか。
浮世絵は、作品が生み出された当時のブームが如実に反映されている点が特徴です。浮世絵に取り上げられるほど、当時の人々の興味関心を集めた作品について深堀してみましょう。
『水滸伝』とは
『水滸伝』は、明時代の中国で生み出された長編小説です。
ドラマで何度も取り上げられた『西遊記』や、一度は誰しもがはまった『三国志演義』、『金瓶梅』と並ぶ「四大奇書」に数えられる名作として普及しました。
北宋末期において、中国に蔓延った官僚汚職を正すまでのサクセスストーリーを描いた作品であり、日本の『南総里見八犬伝』のモチーフにもなったようです。
さまざまな理由で社会からはじき出された108人の好漢(英雄)が各地で立ち上がり、大小さまざまな戦を乗り越えて梁山泊に集結します。
その後、汚職にまみれた官僚(官吏)に立ち向かい、国を救っていくストーリー構成です。
浮世絵だけでなく、歌舞伎でもたびたび取り上げられる題材であり、巨悪に立ち向かう、義憤にかられる内容は、人々に痛快な印象を与える小説として、大人気コンテンツとして話題になりました。
なぜ江戸時代に『水滸伝』は流行したのか
『水滸伝』は江戸初期に伝来し、漢学者の間で興味が持たれており、岡島冠山が翻訳したことで『通俗忠義水滸伝』が刊行されました。
また、翻訳版の小説だけでなく、より読みやすい絵本や挿絵入りの読本に書き換えられることで広く流通するに至りました。
作品を手に取る対象が飛躍的に増えたため、読者層は加速度的に拡大します。
また、作品の舞台を中国から日本に置き換えた山東京伝の『忠臣水滸伝』や、曲亭馬琴の『傾城水滸伝』、『南総里見八犬伝』が生み出されたことによって、さらに人々の生活のなかで『水滸伝』が認知されるようになりました。
その結果、庶民の間で『水滸伝』のブームが沸き起こり、浮世絵の世界にもブームは波及することとなります。
歌川国芳の『通俗水滸伝豪傑百八人之一個』は、浮世絵の中でも武者絵としてひとつのジャンルを切り開くまでに至りました。
さらに、狂歌や見世物も『水滸伝』を題材にした作品を生み出すことで、江戸末期には大衆文化を形づくるまでになりました。
浮世絵『通俗水滸伝豪傑百八人之一個』
歌川国芳の代表的な浮世絵作品に『通俗水滸伝豪傑百八人之一個』があります。
浮世絵師の歌川国芳は、1797年(寛政9年)に東京で生を受けました。
実家は染物屋を営んでおり、幼少期から聡明で、わずか7~8歳で好んで浮世絵の本を読むような子どもだったようです。
特に、江戸中期の浮世絵師である北尾重政や北尾政美の絵を集めた本を好んで読んでいたと記録されています。
幼少期から浮世絵に触れ、模写することで浮世絵にまつわる技術を学んでいました。
12歳のときに描いた『鍾馗提剣図』は、長年浮世絵を描き続けた熟練者のような作品の仕上がりと評価されています。
この作品がのちに歌川豊国の目に留まり、歌川一門に弟子入りすることで浮世絵師としてのキャリアをスタートさせています。
幼少期の優れたエピソードはあるものの、実際の下積みは大変だったようです。
しかし、中国から伝わってきた『水滸伝』をモチーフにした『通俗水滸伝豪傑百八人之一個』を手がけたことで、一躍人気浮世絵師としてに名が広まりました。
作中の登場人物を一人ひとり描いた作品ですが、当時幅広い人々が『水滸伝』に慣れ親しんでいたことが、人気の理由として考えられています。
また、浮世絵として作品を世に出したことも人気に火が付いた要因ではないでしょうか。
浮世絵は、庶民の生活や風俗を表現した作品であったため、大衆の娯楽として幅広く消費されるコンテンツでした。
表現技法は大きく肉筆画と木版画に分かれ、木版画から派生した錦絵という技法に昇華されてから飛躍的に発展していきました。
『通俗水滸伝豪傑百八人之一個』は、多彩な色使いが特徴的な錦絵と呼ばれるジャンルの浮世絵です。
また、一つの作品だけではなく複数の作品がシリーズ化して制作されているため、連作とも呼ばれています。
好みの登場人物の絵を鑑賞するだけではなく、かかわりのある人物を並べてストーリーを膨らませながら鑑賞するのも楽しみ方の一つです。
『水滸伝』が江戸文化に与えた影響は大きかった
中国から渡ってきた『水滸伝』は、江戸時代において幅広い人々に愛される作品だったとわかります。
翻訳後の小説以外にも、オマージュ作品や狂歌として昇華しただけでなく、浮世絵の題材に用いられるなど、江戸文化に与えた影響は、大きかったといえるでしょう。
原作の『水滸伝』を読んでから、歌川国芳の『通俗水滸伝豪傑百八人之一個』を鑑賞して、登場人物のイメージ合わせをしてみたり、先に浮世絵で登場人物のイメージを湧かせてからほかの作品を見てみたりするなど、さまざまな鑑賞方法を楽しめます。