浮世絵の魅力の一つとして、水や空の鮮やかな色彩表現があります。
これを可能にしたのが、ベロ藍とよばれる人工顔料です。
ベロ藍は、世界を魅了し続ける日本の浮世絵の表現を発展させるために欠かせないものでした。
歴史や特徴を知るとともに、用いられている作品の魅力を探っていき、浮世絵に対する興味をより深めていきましょう。
目次
透明感ある美しい青、ベロ藍
浮世絵師の歌川広重(うたがわひろしげ)や葛飾北斎(かつしかほくさい)の作品にみられる鮮やかなブルーの発色に見入られた人も多いのではないでしょうか。
この2人の有名浮世絵師をはじめとした数多くの浮世絵作品に、鮮やかなブルーの発色を示す「ベロ藍」が用いられています。
ベロ藍とは
ベロ藍とは、江戸時代に海外から輸入されてきた人工顔料です。
18世紀初頭ごろにドイツ・ベルリンの染料業者が偶然発見したといわれています。
化学的な合成顔料で、日本には、1747年に初輸入されたこの顔料は、別名・プルシアンブルーともよばれています。
発見された地名の名をとってベルリン藍とよばれていたのが、省略されてベロ藍となりました。
これまで日本で用いられていた青は、植物系のつゆ草や本藍でしたが、ベロ藍のような透明感あふれる青色ではありませんでした。
植物由来の顔料は、発色や色の定着がしにくかったため、空や海の表現が難しかったといえます。
ベロ藍は、水に良く溶けて鮮やかな発色を示しながらも、濃淡により遠近感を表現しやすい特徴があります。また、変色しにくいことも重宝された理由の一つです。
ベロ藍が日本に輸入されたことで色彩の種類が増え、浮世絵版画の表現を大きく広げたといえるでしょう。
鮮明でさわやかな藍色は、見る人の心を魅了しました。
北斎の浮世絵に欠かせなかった、ベロ藍
作家名:葛飾北斎(かつしかほくさい)
代表作:『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』『冨嶽三十六景 相州七里浜』
葛飾北斎は、江戸時代の後期に活躍した浮世絵師の一人で、今もなお日本だけにとどまらず、海外からも高い評価を受けている人物です。勝川春章の門下に入り師事を受けつつも、狩野派や土佐派、堤等琳、西洋画、明画など、さまざまな画風を学びます。葛飾北斎の画風が多彩かつ高度であったのは、多くの流派や絵画から学びを得ていたからといえるでしょう。
葛飾北斎の作品にも、海外から輸入されてきたベロ藍が使用されています。
ベロ藍を用いた代表的な作品は、『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』と『冨嶽三十六景 相州七里浜』などです。
『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』は、躍動感ある波とその荒波に向かっていく小舟、そして波の後方に富士山を描いた、遠近感による迫力が見どころの作品です。この浮世絵に描かれている小舟は、押送船とよばれるもので、漁場で獲った鮮魚を輸送するために利用されていました。
静と動を意識させる魅力的な作品『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』では、水しぶきをあげる大きな青色の波や海にベロ藍が用いられています。
また、1色ではなく濃淡の異なる2つのベロ藍を摺り重ねて、巧みに波を立体的に表現している点も特徴の一つです。
『冨嶽三十六景 相州七里浜』でも、ベロ藍が用いられています。
この作品は、『冨嶽三十六景』シリーズ初期の藍摺りで、北斎にしては珍しく人物が描かれていない風景画です。
鎌倉市街の西はずれにある砂浜・七里ヶ浜から、江の島越しに富士山を望んだ風景を描いています。『冨嶽三十六景』ベロ藍のみを用いて、濃淡により情景を表現している特徴があります。
広重の浮世絵でも印象的なベロ藍
作家名:歌川広重(うたがわひろしげ)
代表作:『東海道五十三次 江尻宿 三保遠望』『名所江戸百景 増上寺塔赤羽根』
歌川広重は、江戸時代後期に活躍した浮世絵師で、当時人気を集めていた名所絵を描いていたことで有名です。
歌川広重が描いた『東海道五十三次』シリーズは、現在でも人気のある作品で、不朽の名作といえるでしょう。
風景画として描かれた東海道の景色は、制作当初から人々の注目を浴びており、江戸に旅行ブームを引き起こしたともいわれています。
また、歌川広重の浮世絵は、葛飾北斎の作品と同様に海外でも人気を集め、ヨーロッパ美術界に巻き起こったジャポニスム文化の火付け役にもなりました。
数々の有名風景画を残している歌川広重の作品でも、ベロ藍が用いられています。
代表的な作品は、『東海道五十三次 江尻宿 三保遠望』『名所江戸百景 増上寺塔赤羽根』などです。
『東海道五十三次 江尻宿 三保遠望』では、現実の色に捉われることなく、自由な発想で浮世絵を彩っていく歌川広重の特徴が大きく活かされています。
空が黄色のグラデーションになっており、水面はさわやかな藍色で表現されています。
『名所江戸百景 増上寺塔赤羽根』は、増上寺の五重塔越しに、古川と赤羽橋という有馬家に存在した2つの名所を望んだ作品です。
この作品には、鮮やかな赤や黄色、藍などさまざまな色が用いられており、色彩豊かな特徴があります。真っ赤な増上寺の横を一直線に流れる、ベロ藍を用いて摺られたさわやかな藍の川が流れています。全体的に発色がよく華やかな印象を与える一枚です。
ベロ藍で浮世絵はより美しくなった
江戸時代に浮世絵が誕生した当初は、墨一色から始まりました。
墨の濃淡により巧みに表現していた時代から、紅や緑をメインとした数色で摺る紅摺り絵が誕生します。
その後、多様な色彩を用いた錦絵に発展していきます。錦絵の浮世絵をより人気の高い芸術作品に押し上げたのが、ベロ藍であるといっても過言ではありません。
当時日本にはなかった鮮やかな発色をするベロ藍は、浮世絵における海や川、空などの青色を表現するために重宝されました。
ベロ藍の登場により、浮世絵の色彩表現が豊かになり、数々の名作が誕生したといえるでしょう。
また、ベロ藍を用いた色鮮やかで美しい浮世絵は、海外でも高い評価を受けるとともに、海外の有名画家にも大きな影響を及ぼしました。
ベロ藍が表現する海や空を観賞しよう
江戸時代から続く浮世絵は、ベロ藍の登場により表現の幅が広がり、多くの有名作品が誕生しました。
透明感ある鮮やかな藍色は、水や空の表現を多彩なものにしたといえます。
世界中で評価を受けている葛飾北斎や歌川広重も、ベロ藍を用いた多くの名作を残しています。
いまやベロ藍は、日本の浮世絵を代表する魅力のひとつといえるでしょう。
ジャパンブルーともよばれ世界を魅了するベロ藍を、多くの有名浮世絵作品の鑑賞により楽しんでみてはいかがでしょうか。