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ジョルジョ・デ・キリコ(1888年-1978年)画家・彫刻家[イタリア]
形而上絵画の創立者「ジョルジョ・デ・キリコ」とは 名前:ジョルジョ・デ・キリコ 生没年:1888年-1978年 ジョルジョ・デ・キリコは、イタリアの画家であり彫刻家で、形而上絵画を創立してのちのシュルレアリスムに大きな影響を与えました。 第一次世界大戦以後は、古典的な手法に興味をもち、新古典主義や新バロック形式を取り入れた作品を多く制作しています。 そのため、シュルレアリスムとして活躍していた画家からは、非難を受けることもあったそうです。 アテネで絵を学びドイツへ移住 キリコは、ギリシアのヴォロスにて、ジェノバ生まれの母とシチリア生まれの父との間に誕生しました。 父のエヴァリスト・デ・キリコは、鉄道の線路を敷く工事を指揮する技師でもありました。 1900年、キリコはアテネにてギリシャの画家であるジョルジオ・ロイロスやジョルジオ・ジャコビッヂのもとで美術を学び、1906年には両親とともにドイツに移り住み、ミュンヘンにある美術学校に入学します。 学校では、思想家であり古典文献学者であるフリードリヒ・ニーチェや、哲学者のアルトゥル・ショーペンハウアー、オーストリアのユダヤ系哲学者であるオットー・ヴァイニンガーなど、19世紀に活躍したドイツ哲学者たちや、アーノルド・ベックリン、マックス・キリンジャーなどの象徴主義の画家が描いた絵画から大きな影響を受けました。 精神的衰弱になりイタリアへ戻る 1909年の夏、キリコはイタリアへ戻り、イタリア北部に位置するミランで6か月のときを過ごします。 精神的衰弱状態であったキリコは、ニーチェの思想や、ギリシアやイタリアへのノスタルジア、啓示の幻覚などに悩まされながらも、何の変哲もない日常生活と並行して、神秘的かつ不条理な世界観を描いていきました。 1910年には、ミランを発ちフィレンツェに移り住み、ベックリンの作品をベースに最初の形而上絵画となる『Metaphysical Town Square』シリーズを制作。 シリーズの中では、キリコがサンタ・クローチェ聖堂で啓示を受けて描いたとされる『秋の午後の謎』や『時間の謎』、『神託の謎』、『自画像』が有名です。 トリノで形而上学の建築に衝撃を受ける 1911年、パリへ行く途中キリコは、イタリア北部に位置するピエモンテ州の首都であるトリノで数日間過ごします。 キリコは、形而上学と呼ばれるトリノの広場やアーチ状の建築に、大変衝撃を受け心動かされます。 また、トリノはキリコが敬愛するニーチェの故郷でもあったため、さまざまな思いを馳せたことでしょう。 パリに移住した後は、劇作家や作曲家として活動した弟のアンドレアと合流し、弟を通じてサロン・ドートンヌの審査員を務めていたピエール・ラプラドと出会います。 そして、キリコは『午後の謎』『神託の謎』『セルフ・ポートレイト』の3作品を出品しました。 1913年には、サロン・ド・インデペンデントやサロン・ドートンヌなどにも作品を出品し、これがきっかけでピカソやアポリネールがキリコに興味をもち、初めて作品が売れたのです。 1914年、キリコはアポリネールの紹介により画商のポール・ギョームと売買契約を交わしました。 形而上絵画を確立させる 第一次世界大戦が開戦すると、キリコはイタリアへ戻り徴兵されますが、体力不足と判断されフェラーラ病院に配属されました。 配属先の病院では、絵を描く時間が取れたため、空いた時間を使って絵画制作を続けていきました。 配属先では、かつて未来派と呼ばれていたイタリアの画家カルロ・カッラと出会い、2人は自分たちの絵を「形而上的」と呼ぶように。 形而上的とは、つじつまが合わない、納得がいかない、不思議な、などの意味として用いられており、一種の幻想画ともとれるでしょう。 形而上的な絵画には、不自然なほど誇張された遠近表現、非日常的で幻覚のような強い光と影のコントラスト、古代的なモチーフと現代的なモチーフの融合などの特徴があります。 また、現実ではありえないモチーフの組み合わせとすることから、シュルレアリスムの先駆けともなりました。 古典的な手法に回帰する 第一次世界大戦が終わり、1919年ごろにキリコは、イタリアとフランスで発行されている「ヴァローリ・プラスティチ」と呼ばれる美術誌に、「職人への回帰」という記事を出し、古典的な手法と図像学への回帰を発表しました。 キリコは、ラファエルやシニョレッリなどのイタリアの巨匠から影響を受け、古典的な手法により絵画制作を行うようになり、現代美術とは相対するものとなったのです。 1920年のはじめ、フランスの詩人であるアンドレ・ブルトンは、ある日バスに乗っているときに、パリのポール・ギョーム画廊に展示されていたキリコの『子どもの脳』が視界に入り、衝撃を受けて思わずバスを降りてしまったそうです。 また、ブルトンと同じ思想をもつ画家のイヴ・タンギーも、キリコの『子どもの脳』をバスの車窓から見かけてバスを降りてしまったといいます。 タンギーはじめ、キリコの作品に関心をもった多くの若き芸術家たちは、ブルトンを中心にグループを結成し、パリのシュルレアリスムを築き上げていきました。 1924年、キリコがパリを訪れるとシュルレアリスム派の芸術家たちに歓迎されますが、シュルレアリスム派は、1918年以前の形而上絵画を高く評価しており、1919年以降の古典回帰後の作品には批判的でした。 シュルレアリスム派の芸術家たちとは、うまく関係が築けず、パリで開催したキリコの個展で展示した新しい作品たちは、非難の的となってしまったのです。 自己模倣作品を販売し批判を受ける 1939年、ルーベンスの影響を受けていたキリコの作風は、ネオバロック形式に変化していきます。 さまざまな批評に対して怒りをあらわにしていたキリコ自身は、後期作品こそ成熟した素晴らしい作品だと感じていました。 しかし、形而上絵画以降の作品は、それ以上に高い評価を得られませんでした。 キリコは、形而上絵画により得た成功や利益を再び得ようと、過去に描いた自分の作品の模倣を制作し、販売したのです。 自己模倣作品の多くは、公共や民間のコレクションに入っていたため、キリコは非難を浴びることになりました。 1948年、ヴィネツィア・ビエンナーレに贋作を展示したとしてキリコは抗議を受けます。 キリコは、1910年代に描いた形而上絵画のレプリカをたくさん制作し、レプリカには実際の制作年とはずらした過去の年号を書き入れていたそうです。 キリコは頑固で気難しい性格だった? キリコは、頑固で気難しい性格であったといわれています。 「ゴーギャンは画家として偽物」「ダリの不快な色彩には吐き気がする」「セザンヌの風景画は稚拙」「マティスの絵はカタチにすらなっていない」など、同時代に活躍していた有名な芸術家を、痛烈に批判する言葉をいくつも残しているのです。 また、キリコはトラブルメーカーとしても知られています。 昔に描いた自分の作品を自ら否定し価値を下げさせたり、自分の描いた作品を贋作だと主張し、美術館から撤去するよう命じたりと、さまざまなトラブルを起こしていたようです。 独自の世界観にあふれる作品たち キリコ独自の世界観には、不思議な感覚があふれており、理解しようとするほど深い迷宮にはまってしまうような特徴があります。 作品に小さく人間や影が描かれることもありますが、基本的には無機物で構成されており、描かれた空間の静けさが伝わるのが特徴です。 『アリアドネ』は、恋人のテセウスによりナクソス島に捨てられたアリアドネの神話をモチーフに制作されており、当時パリにいたキリコの孤独感を反映しているといわれています。 『愛の歌』では、壁に巨大な彫刻の顔と外科医が使う手袋が貼り付けられ、画面の下側に緑色のボールが描かれています。 背景には蒸気機関車が走る様子が描かれており、関連性のないモチーフが組み合わさり、夢を見ているような感覚になる作品です。 キリコが生み出した形而上絵画とは 形而上絵画とは、空間や時間を意図的にずらして作品を構成する手法です。 キリコの描く作品では、画面の左右で異なる遠近法構造をもっている作品も多く、現実の空間を無視して描かれている背景が、独特で不思議な世界観を生み出しています。 また、彫刻やマネキンなどの異質な静物をモチーフにした作品が多いのも特徴です。 ゲームのパッケージデザインに影響を与えた作品も 1911年にキリコが描いた『無限の郷愁』は、ゲームのパッケージデザインにも影響を与えました。 この作品には、古代ギリシア風の建築物とイタリアでよく見られるモダンな都市が融合した不思議な景観が描かれており、コントラストの大きい影と光により郷愁を感じられます。 作品に描かれている大きな塔は、トリノにあった世界で一番高い博物館モーレ・アントネリアーナから着想を得ています。 塔の下の広場には小さな人と影が描かれており、時間が止まってしまっているかのような静けさを感じられる作品です。 この作品の構成を参考に、ゲームクリエイターの上田文人が制作したゲームのパッケージイラストもあります。 年表:ジョルジョ・デ・キリコ 西暦 満年齢 できごと 1888 0 ギリシャのヴォロスにイタリア人の両親のもとに誕生。 1900 12 アテネの理工科学校に通い、この頃最初の静物画を描く。 1905 17 父エヴァリストが死去。 1907 19 ドイツのミュンヘン美術アカデミーに入学。ニーチェやショーペンハウエルの思想に影響を受ける。 1910 22 フィレンツェに移住し、最初の形而上絵画を手がける。 1911 23 パリに移住。 1913 25 パリのアンデパンダン展で注目を浴び、アポリネールと親交を結ぶ。 1915 27 第一次世界大戦中にイタリア軍に召集され、フェッラーラに駐屯。 1917 29 フェッラーラでカルロ・カッラと知り合う。 1919 31 ローマで個展を開くが、美術史家ロベルト・ロンギに酷評される。ジョルジョ・モランディと知り合う。 1920 32 「形而上芸術について」、「技法への帰還」を出版。 1924 36 第14回ヴェネツィア・ビエンナーレに出品。 1926 38 パリへ移住し、シュルレアリストたちとの決別を表明。 1929 41 小説『エブドメロス』を出版。 1938 50 イタリアへ帰還し、ローマに短期滞在後ミラノへ移住。 1978 90 ローマで心臓発作のため没。
2024.08.13
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東京都美術館 [東京都台東区]へ行ってみよう
日本初の公立美術館・東京都美術館 東京都美術館は、1926年に日本初の公立美術館として開館しました。 国内外の名作を楽しめる特別展や多彩な企画展、美術団体による公募展など、さまざまな展示を年間通して開催しており、その数はおよそ280にもおよびます。 また、東京都美術館は、4つの役割をもって展示会を開催しています。 1. 世界と日本の名品に出会えること 2. 伝統を重視し、新しい息吹との融合を促すこと 3. 人々の交流の場となり、新しい価値観を生み出すこと 4. 芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深めること 展示 日本に美術館でありながら、国内外問わずさまざまな作品を楽しめる特別展や公募展、自主企画展などを短い間隔でたくさん開催しています。 取り扱う作品の質が高いと評判も集めています。 また、院展や二科展、文展など大きな公募展の展覧会場になっている美術館です。 これらの展覧会の多くが秋に開催されることから、芸術の秋という言葉の由来になったともいわれています。 コレクション 東京都美術館の所蔵品は、一度1994年度に東京都現代美術館に移管されましたが、その後、2012年のリニューアルをきっかけに、再び一部が東京都美術館に移管されました。 現在、彫刻などの立体作品が13点、書作品が36点収蔵されています。 特徴/ここがオススメ 東京都美術館は、日本モダニズム建築の巨匠と呼ばれる前川國男の設計により作られています。 奇数月の第3土曜日には、一般から集まったアート・コミュニケータの話を聞き、質問をしながら、建物内を楽しく散策できる建築ツアーを開催しています。 東京都美術館には、野外彫刻作品がいくつも展示されており、無料で鑑賞できるのも見どころの一つです。 展示会だけではなく、入場する前から芸術に触れ感性を研ぎ澄ませ、お目当ての展覧会に向かうのもよいでしょう。 美術館情報 東京都美術館 住所:〒110-0007 東京都台東区上野公園8-36 GoogleMap:https://maps.app.goo.gl/b8UMnDP9eSxBdM6E7 アクセス:JR上野駅「公園改札」より徒歩7分 ほか 開館時間:火~日曜日 9:30~17:30(入場 16:30まで) 休館日:第1・第3月曜日(祝日の場合は翌平日) ※特別展・企画展:月曜日休室(祝日・振替休日の場合は翌日) ※最新の情報は公式サイトをご覧ください 料金:展示によって異なります 公式サイト:https://www.tobikan.jp/ 年間パスポート:記載なし 近隣の美術館 近隣のおでかけスポット 上野動物園 上野動物園 https://www.tokyo-zoo.net/zoo/ueno/ 東京都美術館の近くには、日本で最初にできた動物園である上野動物園があります。 子どもから大人まで大人気のジャイアントパンダをはじめ、約300種の動物が自然の環境に近い空間で飼育されています。 スターバックスコーヒー 上野恩賜公園店 スターバックスコーヒー 上野恩賜公園店 https://store.starbucks.co.jp/detail-1087/ 上野公園内、噴水近くの場所にスターバックスコーヒーがあります。 テラス席が多く、天気のよい日はテラスから公園の様子をのんびり眺めながらコーヒーやお菓子をいただくのもよいですね。 東京都美術館からも近いため、展示会の余韻が薄まらないうちに感想をまとめるのもおすすめです。 アメ横商店街 アメ横商店街 https://www.ameyoko.net/ JR上野駅を出てすぐの場所にあるにぎやかな繁華街アメ横。 高架下に400店ものお店が密集しており、多国籍化が進み独特の雰囲気を楽しめる通りです。 東京都立美術館のイベント・展示 開催中 終了 開催予定
2024.08.09
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100点以上の作品が集結した大迫力のデ・キリコ展レポ!<東京都美術館(東京)>
形而上絵画「デ・キリコ展」 皆さんは、ジョルジョ・デ・キリコという画家を知っていますか? イタリアの画家・彫刻家であるデ・キリコは、形而上絵画を創始した人物でもあります。 画家の名前は知らなくてもこのポスターの絵を見たことがある人も多いのではないでしょうか。 また、デ・キリコの絵画は、なぜか胸がざわざわと不安になるような印象を受けるのは私だけでしょうか? インパクトの強い色合いでありながらどこか薄暗く、人気のない広場、長く伸びる影、表情のない無機質なマヌカン(マネキン)などは目を離せなくなるような不安を煽ってくる気がします。 今回は、そんな“どこかありえない”“何かが違う”違和感がざわざわと押し寄せるデ・キリコの世界観を体感できる「デ・キリコ展」に行ってきました! デ・キリコ展は、1926年、日本初の公立美術館として開館した東京都美術館にて開催中です! 2024年4月27日(土)〜8月29日(木)まで東京都美術館で開催したのち、9月14日(土)〜12月8日までは神戸市立博物館で開催しているため、関西地方お住まいで、都内まで観に行けるタイミングがない…と思っている方も安心です。 神戸で開催されるタイミングで、ぜひ鑑賞しに行きましょう! 東京都美術館がある上野公園周辺は、海外観光客で賑わっていました。 公園内で 絵を書いたり、見たこともない楽器で音楽を奏でていたり、さまざまなアーティストがパフォーマンスを行っていて、これから芸術に触れる人々の気持ちを高めてくれます! チケットは入り口を入って右側のチケットカウンターで販売されています。窓口でのチケット販売は、JCBカートが使えないため注意してください。 100点以上の作品が展示されているということで、気合を入れていざ入場します! なお、入口では音声ガイド機のレンタルを行っていました。 貸出料金は1台650円で、役者・ムロツヨシさんのナレーションによりデ・キリコの世界観により没入して楽しめますので、気になる方はぜひレンタルしてみましょう! 「デ・キリコ展」は5つのSectionで様式の異なる作品を展示 デ・キリコ展では、彼が生涯で制作した作品を、5つのSectionに分けて紹介していました。 入口すぐには、作家紹介や駐日イタリア大使ジャンルイジ・ベネデッティ、ジョルジョ・イーザ・デ・キリコ財団理事長パオロ・ピコッツァからのメッセージなどが展示されています。 デ・キリコ展では、代表作から個人のコレクター、諸財団、イタリア国内や他国の美術館から貸し出された作品を複数の時代に区分して展示しており、国境も世代も越える不朽の美しさがあると紹介されており、日伊の交流を深めるものになる作品展であるとしています。 section1:自画像・肖像画 デ・キリコといえば、形而上絵画を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか? しかし、制作数は少ないですが、自画像や肖像画も描いています。 展示会では9点の自画像・肖像画が展示されていました。その中でも、印象に残ったいくつかの作品を紹介していきます! 『自画像』(1922年頃) 『自画像』(1922年頃) 油彩/キャンバス/38.4×51.1cm/トレド美術館(アメリカ) デ・キリコが古典絵画に傾倒していたころに描かれた作品で、古典彫刻風なタッチが特徴的です。 自分自身を理想化した作品で、古代彫刻を学んだ過去の巨匠たちのように、歴史と対話して制作する画家としての自分を描いています。 この作品ともう2枚の肖像画が同じ壁面に等間隔で横並びに飾られていたのですが、どの角度から見ても、3つの自画像に見つめられているような、不思議な感覚がありました。 まるで絵画の中のキリコたちが、自分の展示会を見にきた私たちを見定めているみたいですね。 『17世紀の衣装をまとった公園での自画像』(1959年) 『17世紀の衣装をまとった公園での自画像』(1959年) 油彩/キャンバス/154×100cm/ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団(ローマ) この作品では、当時の前衛芸術家が排除した、衣装をまとったバロック的な肖像画が描かれています。 いびつな遠近法で、遠くの背景を極端に小さく描き、真ん中に描かれた自身を大きく強調しており、これは、形而上絵画から古典回帰したデ・キリコを批判してきたシュルレアリストをはじめとした 芸術家や批評家への挑戦状とも受け取れました。 この作品から、デ・キリコは、流行に飲み込まれず自分自身の感性と表現を大切にしていた画家であると感じられました。 上記の作品の隣には、1968年、ローマの自宅サロンで自画像の前に座るキリコの大きな写真も展示されています。芸術家や批評家に対する挑戦的な絵画の前に座るキリコは堂々たるもので、自画像のキリコと本人のその鋭い視線が、批判に負けず自分の信じる絵を描き続けた強さを物語っているように感じられました。 Section2:形而上絵画 Section2は、デ・キリコの代名詞「形而上絵画」の作品を存分に楽しめる空間になっていました。 初期の形而上絵画は、イタリアの広場に着想を得ている作品が多く、デ・キリコがミラノでみた大きな塔がいくつもの作品に登場しています。 『大きな塔』(1915年頃) 『大きな塔』(1915年頃) 油彩/キャンバス/81.5×36cm/個人蔵 この作品は、デ・キリコがパリに行く途中に訪れたトリノのモーレ・アントネッリアーナと呼ばれる巨大な塔に着想を得ています。 まっすぐにそびえたつその塔は、迫力があるのに影の差し方により、夕方や朝方の静けさを感じさせ、どこか哀愁のようなものがありました。 キリコの多くの作品は、人類が滅びさまざまな建築物だけが世界に取り残されてしまったかのような、近未来的なイメージと寂しさが混在したような雰囲気を感じさせてくれます。 この作品に描かれている塔は、ほかの作品にもたびたび登場しているので、展示会に行く際はチェックしてみてくださいね! 『バラ色の塔のあるイタリア広場』(1934年頃) 『バラ色の塔のあるイタリア広場』(1934年頃) 油彩/キャンバス/46.5×55cm/トレント・エ・ロヴェレート近現代美術館 この作品は、初めて売れた『赤い塔のあるイタリア広場』を20年経ってデ・キリコ自身が再制作した作品です。 なぜ昔の作品をもう一度描いたのか気になりますよね。 この作品は、友人に頼まれて描いた作品とされています。構成は昔の作品と同じですが、技法は1930年代の色調や軽妙な筆さばきが用いられており、昔の作品を一度鑑賞してから見てみるのも良さそうですね。 『沈黙の像(アリアドネ)』(1913年) 『沈黙の像(アリアドネ)』(1913年) 油彩/キャンバス/99.5×125.5cm/ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館(デュッセルドルフ) アリアドネは、デ・キリコが好きな哲学者ニーチェの詩から着想を得たモチーフ。 手前に描かれているアリアドネが圧倒的な大きさで描かれており、後ろの塔がとても小さく描かれています。このころから、形而上的室内構図がより目立ってきたことが分かります。 Section2-2では、形而上的室内の作品が展示されています。 これまでイタリアの広場をモチーフにした作品を多く描いてきたデ・キリコですが、1914年、第一次世界大戦勃発後からは、モチーフが広場から室内に変化していきました。 2-2のはじめの方の壁に穴があり、ふと穴の向こうを覗いてみると2-1の『バラ色の塔のあるイタリア広場』が見え、まるで室内の窓からイタリアの広場を眺めているような感覚になれます。 展示会の空間全体を楽しみつつ、ここからは形而上的室内作品で印象に残ったものを紹介していきます。 『運命の神殿』(1914年) 『運命の神殿』(1914年) 油彩/キャンバス/フィラデルフィア美術館 このころのデ・キリコ作品は、遠近法が極端に破綻しており、空間の認識が難しい作品が多く制作されています。 この作品では、古文書から着想を得た古代文字と現代の速記符号が同じ絵の中に描かれており、古代性と現代性の融合を感じさせてくれます。 さまざまなモチーフが混在して描かれている作品が多く、まるでドラえもんの四次元ポケットに入り込んでしまったような感覚になります。 『「ダヴィデ」の手がある形而上的室内』(1966年) 『「ダヴィデ」の手がある形而上的室内』(1966年) 油彩/キャンバス/ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団(ローマ) 過去のモチーフを融合させた新形而上絵画作品です。 室内画のモチーフと、窓の外にはイタリア広場の建物や塔が見えます。 ほかの作品を一通り鑑賞した後にもう一度見てみると、デ・キリコがこれまで描いてきたモチーフがたくさん盛り込まれていることに気付けてより楽しめます! この作品で印象的な引用・複製・差し込みは、当時流行ったポップアートを取り入れているのです。 そして続くSection2-3では、マヌカン(マネキン)をモチーフにした作品が展示されています。 古典的な彫像とは違い、マヌカンには何もなく戸惑いや無力感のような印象をもちます。 『予言者』(1914年) 『予言者』(1914年) 油彩/キャンバス/ニューヨーク近代美術館 この作品は、マヌカンを描いた最初期の代表作です。 これまでの形而上絵画でモチーフとなった神殿やレンガ塀、彫像の影なども描かれ、イーゼル前で熟考するマヌカンは、自身と世界の観察者・予言者を重ねているそうです。 このマヌカンモチーフの作品は、よく目に焼き付けておきましょう! この作品を覚えておくと、展示会場を出てからもキリコの世界観をより楽しめます。 『南の歌』(1930年) 『南の歌』(1930年) 1925年以降、デ・キリコはシュルレアリスムと交流を深めるようになり、再び形而上絵画を描くようになりました。 この作品は、柔らかい質感や細かい筆致からルノワールの影響が見え隠れしています。 ほかの代表的なデ・キリコ作品と見比べてみると、筆致が大きく異なっているため、人から受ける影響がこんなにも絵画作品に反映されるのかと感心してしまいました。 さらに、デ・キリコ展では、絵画作品だけではなく彫刻作品も展示されています。 デ・キリコは、美しい彫刻は常に絵画的であると語っていたそうです。 彫刻の展示スペースでは、照明が上から当たっており、影も作品の一つとして鑑賞できる楽しさがありました。デ・キリコ展を見に行く際は、ぜひ作品のシルエットも鑑賞してみてください! Section3:1920年代の展開 Section3では、1920年代に制作された作品に焦点を当てて展示が行われていました。 『神秘的な考古学者たち(マヌカンあるいは昼と夜)』(1926年) 『神秘的な考古学者たち(マヌカンあるいは昼と夜)』(1926年) マヌカンの胴に、古代建築の要素が描かれているのが印象的な作品。また、座像の上半身を大きく描き、下半身を小さく描く手法で、荘厳さや威厳を表現しているそうです。 逆三角形の筋肉質な体型ですが、描かれているマヌカンには温かみがなく無機質で、不穏な空気を感じさせてくれます。 『谷間の家具』(1927年) 『谷間の家具』(1927年) デ・キリコが幼いころ過ごしたアテネでは、地震があると家具を外に持ち出していました。 この作品は、そのときの様子から着想を得ている作品。 通常とは異なる空間にモチーフを配置し違和感を与えるデ・キリコ特有のスタイルが前面に表れており、受け取る側に不安感を抱かせ、途方に暮れさせようとしているかのようで、胸をざわつかせてくれるこの感覚に魅力的を感じました。 Section4:伝統的な絵画への回帰 ボルゲーゼ美術館でみたティツィアーノの絵に感化されたデ・キリコは、伝統的な絵画へ回帰した作品も多く制作しています。 『鎧とスイカ』(1924年) 『鎧とスイカ』(1924年) 武具と果物と、同じ空間にあることに違和感のある2つのモチーフを組み合わせた作品です。 バロック絵画を彷彿とさせるスタイルで、無時間性を見いだしています。 武具とスイカが転がっている様子は退廃的ですが、その一方で、空の色が優しく温かみのある印象も受けました。 夕焼けのような朝焼けのような雰囲気があり、戦いが終わったあとの静けさがより一層際立って感じられました。 割れて転がっているスイカは、背景に描かれた首のない彫像の頭部なのかな?とも想像させられてしまいます。 デ・キリコは、舞台美術も手がけており、この経験が絵画の舞台構成にも影響を与えました。 ロシアのバレエ団、バレエ・リュスのバレエ作品『プルチネッラ』の衣装を手がけています。 衣装の展示スペースでは、バレエの舞台をイメージした空間が組み立てられており、展示スペースに段差をつけて舞台に見立てて、壇上にはデ・キリコが手がけた衣装を着たマネキンが飾られていました。 舞台の両脇には赤色のカーテンが架けられており、バレエの舞台を彷彿させるような工夫が凝らされていて、バレエ大国ロシアの力強い動きの中に華やかさのあるバレエの舞台を想像させてくれる演出が印象的でした。 Section5:新形而上絵画 Section5では、記憶の中にあるモチーフを解体し組み立て再構成していく新形而上絵画作品が展示されています。 『城への帰還』(1969年) 『城への帰還』(1969年) 過去作品の要素を再発見し、生き生きと作り替えていった作品です。 ジグザグな騎士の黒い影が印象的で、その姿はまるで勝ち目のない戦いへ赴くようでした。黒く塗りつぶす表現方法により、まるで影絵を鑑賞しているような感覚も味わえました。騎士が黒いだけではなく、全体的に色彩を使わずモノトーンで描かれているため、木炭画のような印象も受けます。 黄色く輝く三日月の明かりがより一層、影の騎士の寂しさを強調しているように感じられました。 『闘技場の剣闘士』(1975年) ラストを飾るこの作品は、壁面がアーチ状にくり抜かれ、大きな額縁に見立てて飾られているのが印象的でした。 キリコがよく描いていたアーチ状のモチーフと剣闘士の絵をラストに持ってきたのは、生涯自分の芸術を貫き、批判をものともせず戦い、描き続けてきたキリコ自身を表現しているかのようでした。 「デ・キリコ展」のみどころ 東京都美術館で開催されているデ・キリコ展はみどころが満載です! 作品数が多く満足感があるのはもちろん、展示方法にも工夫が凝らされているため、デ・キリコの世界観に入り込んで鑑賞を楽しめます。 デ・キリコが見ていた景色を楽しめる デ・キリコ展は、美術史家のファビオ・ベンツィが監修しています。 展示会場は、デ・キリコのもつ世界観と作品をより一層引き立たせる空間になっており、まるで自分自身がデ・キリコになったかのような目線で作品を楽しめます。 入口を入ってすぐからキリコがよく描いているアーチ状に開いている空間があり、そこから奥の絵画が鑑賞できるようになっており、窓の外からデ・キリコのアトリエを覗き込んでいるような気分を味わえました! 彼が描き続けたアーチ状のアーケードから、デ・キリコが数々の作品を生み出したこの部屋を覗き見できる不思議な体験は、彼の創作意欲を垣間見ることができると同時に、私自身もデ・キリコの絵画の世界へ迷いこんでしまうような錯覚を覚えるほどです。 それぞれのSectionごとに壁紙の色や額縁のデザインが異なっていたり、壁の高さが異なっていたりと、形而上絵画を思わせるいびつな空間が展示場全体に広がっていました! 形而上絵画スペースでは、展示室の後ろにベンチがおいてあり、遠くから見るとより絵画が歪んで見え、デ・キリコが制作するときにイメージしていた世界観をより体感できるのではないでしょうか。 デ・キリコ展はボリューム満点のため、休憩がてらベンチに座り、違う角度から作品を鑑賞してみるのもおすすめです! 初期から晩年まで100点以上の作品が展示 デ・キリコ展では、初期から描き続けた自画像や肖像画、デ・キリコを有名にした形而上絵画、西洋絵画の伝統的なスタイルに回帰した作品、そして晩年再度描き始めた新形而上絵画など、デ・キリコの生涯を辿るかのように作品を楽しめるのが醍醐味です! 世界各国の美術館や博物館、財団、個人のコレクションまで、あらゆる場所から集まった100点以上の作品を鑑賞できる大迫力の大回顧展です。 デ・キリコの代名詞「形而上絵画」が充実 デ・キリコ展では、初期の形而上絵画も多く展示されています。 サルバドール・ダリやルネ・マグリットなどをはじめとした、のちに活躍をおさめた多くの画家に衝撃を与えた1910年代の形而上絵画もじっくり鑑賞できます。 作品数が多いため、時代の移り変わりによって形而上絵画がどのように変化していったのかも楽しめますね! 普段は、世界各国で所蔵されている初期作品が一堂に集結する機会はなかなかありません。初期作品をまとめて間近に鑑賞できる貴重な機会をぜひ逃さず、デ・キリコ展に訪れてみてください。 彫刻や舞台芸術など絵画以外の作品も充実 形而上絵画で名を広めたデ・キリコは、絵画以外にも彫刻や舞台芸術など、さまざまな創作活動を行っていました。 デ・キリコ展では、デ・キリコが手がけた希少な彫刻作品や挿絵、さらには舞台衣装のデザインなども展示しています。 有名な形而上絵画作品を多数鑑賞できる貴重な機会であるとともに、デ・キリコのあらゆる創作活動を通して、新たな魅力に気づける機会になるかもしれません! 豊富に取り揃えられた数々のグッズもチェック 100点以上のボリュームある作品をすべて見終わった後は、デ・キリコにちなんだグッズ販売所も楽しみましょう! 今回のデ・キリコ展で展示されていた油彩や版画、彫刻、舞台衣装など100点以上の作品をフルカラーで掲載した「デ・キリコ展公式図録」が税込3000円で販売されています。 デ・キリコ展をじっくり鑑賞し、魅力に惹きつけられた人は思わず購入したくなるでしょう。 表紙は、オレンジベースの『形而上的なミューズたち』、ブラックベースの『予言者』の2パターンがあるため、今回の展示で気に入ったほうのデザインを選ぶのも良いですね。 そのほかにも、グラスやトートバッグ、イタリア菓子専門店のラトリエ モトゾーのパティシエが作るお菓子など、展覧会オリジナルのグッズが販売されています。 展示されていた絵画のポストカードやポスターも販売されており、写真フレームや額縁にいれて飾ってあるのが印象的でした。 自宅に飾る際も、写真フレームがあると飾りやすく、いつでも作品に触れることができます。 LINE登録とアンケートへの回答でミニチュアキャンバスが当たるかも? グッズ販売所を出ると、LINE登録&アンケートへの回答で展示会オリジナルミニチュアキャンバスが抽選で当たるイベントを行っていました。 筆者も余韻が残る中、アンケートに回答して、ミニチュアキャンバスが当たらないかとワクワクしています! グッズ販売所の出口にある看板のQRコードを読み取ってLINE登録し、アンケートに回答するだけなので、デ・キリコ展を楽しんだあとはぜひ回答しましょう。 観賞の思い出に…フォトスポットで記念の1枚を 企画展を出る前、長い廊下の先にはデ・キリコ展のフォトスポットが! デ・キリコの代表作『予言者』の大きなポスターチックのフォトスポットがあり、最後まで入館者を楽しませてくれます。 このフォトスポット、正面からだと平面に見えますが、角度を変えてみてみると、実はモチーフのマヌカンが立体的に! 細部まで工夫が凝らされているデ・キリコ展。 デ・キリコの初期から晩年までの作品がこうして見られるのは、実はかなり貴重な機会なのだとか。 有名な作品はもちろん、それ以外にもさまざまなテイストの作品を順にみていくと、彼もまた何かを模索し追い求め続けていたように感じます。 宗教画など美しいものを描いてきた中世までの絵画とは一線を画す、個性的で何かを訴えかけてきているような彼の作品の数々。伝統的な手法を学びながらも、独自のスタイルや新しい可能性を模索してきたような変化と進化が、彼の絵が多くの人を惹きつけている理由の一つなのかもしれません。 アンバランスな体と足、生きているようなそうでないようなマヌカン、妙にリアルなのに現実感のない構図…。 最初に感じた胸のざわざわの原因がうっすら見えてきた気はしますが、間近で作品を見たことで、深淵にはまってしまったかのような気もしています。 目のないはずのマヌカンに、何かを見透かされているような、あるいは何かを訴えかけられているような、そんな気配を感じながら、謎や疑問を残しつつも会場をあとにしたのでした。 没入感のある展示会を楽しんだら公園内で余韻に浸ろう 東京都美術館は、上野公園内に位置しているため、展示会鑑賞後は上野公園を散歩しながら印象に残った作品を振り返ってみるのもよし、公園内のカフェで展示会を見て感じた気持ちをメモに残しておくのも良いですね! 東京都美術館の近くには、スターバックスがあります。 広々とした公園内にあるこのスターバックスは店内もスペースが広く、天気の良い日はパラソルのあるテラス席で外の空気を浴びながらくつろぐのも気持ちがよいですね。 店舗情報 スターバックス 上野恩賜公園店 https://store.starbucks.co.jp/detail-1087/ 「デ・キリコ展」開催情報(東京都美術館) 「デ・キリコ展」 場所:東京都美術館 期間:2024/04/27〜2024/08/29 公式ページ:https://dechirico.exhibit.jp/ チケット:一般 2200円 、大学生・専門学校生 1300円、65歳以上 1500円 ※詳細情報や最新情報は公式ページよりご確認ください
2024.08.09
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