歴史ある甲冑や鎧は買取してもらえるか
実家の蔵を整理していて甲冑や鎧などが出てきた方や、コレクションを整理したい方もいるでしょう。
甲冑や鎧にも価値が付く可能性があるため、そのまま処分してしまうのはもったいないです。
甲冑や鎧を手放したいと感じた際は、買取も方法の一つ。歴史的価値がある甲冑や鎧は、高額買取も期待できます。
甲冑は骨董品買取してもらえる?
甲冑は、骨董品として買取が可能です。
甲冑や鎧の買取を検討している方は、専門知識が豊富な業者に相談しましょう。
蔵や実家に眠る甲冑・鎧を整理したい
蔵や実家を整理して出てきた甲冑や鎧が不要な方は、買取を検討しましょう。
甲冑や鎧のよい状態を保つためには、保管する環境に注意を払う必要があります。
手入れが難しい、または時間がかけられない場合には、早めに買取してもらい手放すことも考えてみてください。
甲冑や鎧は買取してもらえる?
甲冑や鎧の相場は数万円~数十万円です。
有名作家の作品や保存状態がよい場合は価値がつきやすく、価値の高いものは、数百万あるいはそれ以上になることもあるでしょう。
また、買取価格は下がってしまうことが多いものの、一式そろっていない場合でも買取は可能です。
甲冑や鎧を持っている方は、骨董品買取業者へ相談してみてください。
甲冑や鎧には歴史的価値がある
長い年月を経て現代に伝わっている甲冑や鎧には、歴史的価値があります。
特に、平安時代から南北朝時代に作られた甲冑や鎧のいくつかは、国宝にも指定されています。
また、有名な武将が使用したといわれる甲冑や鎧も有名です。
甲冑や鎧はいつからあった?
日本における甲冑や鎧の歴史は、弥生時代に始まったと考えられています。
弥生時代の遺跡からは、木製の短甲(胴体を守るための短い鎧)が出土しました。
一方、古墳時代の遺跡からは金属製の短甲の他、肩鎧や籠手など体の各部を守る防具が出土しています。
古墳時代は戦乱が多かったため、甲冑や鎧の需要が高かったと考えられています。
奈良時代から平安時代にも、日本で甲冑や鎧は生産されていました。
しかし、金属製がメインだった古墳時代と異なり、奈良時代や平安時代の甲冑や鎧は革製が多かったため、現存しているものはあまりありません。
平安時代後期になると武士が台頭し、後世につながる甲冑の基本形ができました。
大鎧や胴丸、兜が登場したのもこの時代です。
また、室町時代を経て安土桃山時代になると当世具足が誕生しました。
当世具足とは、槍による集団戦や鉄砲など新しい武器や戦い方に適応した、従来とは異なる様式の鎧のことです。
防御性能を高めるため、甲冑には主に鉄が使用されました。
また、それぞれの武将の嗜好を反映したさまざまなデザインのものが見られることも、当世具足の特徴です。
なお、江戸時代になると甲冑や鎧が戦乱で使われることはほとんどなくなったため、実用性よりも装飾性が重視されるようになりました。
各藩が、お抱えの「甲冑師」に美術工芸的価値の高い甲冑を作らせるようになったのです。
有名な甲冑や鎧
甲冑や鎧の中には、国宝に指定されたり、有名な武将が使用したと伝えられたりしているものがあります。
紺糸縅鎧 (国宝)
紺糸縅鎧は、平清盛の嫡男である平重盛によって、広島県の厳島神社に奉納されたと伝えられている鎧です。
兜や大鎧など一式がほぼそろっており、平安時代後期の作風が分かる貴重なものとされています。
黒漆塗の鉄と革でできた小札を交ぜ、紺色の糸で縅していることが名前の由来です。
歴史的価値の認められた国宝であり、日本三大大鎧の一つといわれています。
赤糸縅鎧 (国宝)
日本三大大鎧の一つに数えられる赤糸縅鎧は、本鎧に施された金物細工や赤い縅毛が特徴的な鎧です。
雀や藤、菊、蝶などをモチーフとした金物細工などは、現在でも制作当時の姿を残しており日本一豪華な本鎧とも呼ばれます。
源義経によって奈良県の春日大社に奉納されたという伝承があるものの、実際には鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて作られたと考えられています。
小桜韋縅鎧兜・大袖付 (国宝)
小桜韋縅鎧兜は、山梨県の菅田天神社に収められている国宝の一つです。
平安時代に制作された後、代々受け継がれていたものを武田信玄が奉納したと伝えられています。
ただし、何度も修復されているため制作当初の面影を残しつつ、鎌倉時代や南北朝の作風が加わっていることが特徴です。
楯が不要なほどの重厚感があるため、「楯無」と呼ばれることもあります。
伊達政宗 黒漆五枚胴具足
黒漆五枚胴具足は、戦国武将であり仙台藩の初代藩主として知られる伊達政宗が所有した甲冑です。
兜には、伊達政宗のトレードマークである大きな三日月がデザインされています。
また、5枚の鉄板をつなぎ合わせて強度を上げた胴は、雪下胴または仙台胴と呼ばれて戦国武将に愛好された様式です。
全体を黒漆で塗って漆黒に仕上げられているため、黒漆五枚胴具足と名付けられました。
現在は、仙台市博物館に所蔵されています。
直江兼続
直江兼続の甲冑は、兜につけられた「愛」の字をかたどった前立の金小札浅葱糸威二枚胴具足が有名です。
軍神である愛染明王または愛宕権現を意味しているといわれています。
また、赤や紫、萌黄などのカラフルな縅による装飾に用いられているのは、色々縅と呼ばれる技法で、それぞれの色には、魔除けなどの意味が込められています。
山形県にある上杉神社の宝物殿に所蔵されています。
徳川家康
江戸幕府を開いた徳川家康の有名な甲冑の一つが、静岡県の久能山東照宮に所蔵されている伊予札黒糸縅胴丸具足です。
軍神である大黒天をイメージした頭巾のような形の変わり兜が特徴です。
全体的に黒で統一されており、シダの葉を模した兜の前立がつけられています。
関ヶ原の戦いや大阪夏の陣で、徳川家康が使用した甲冑だと伝えられています。
本多忠勝
徳川家康が重用した本多忠勝の甲冑は、巨大な鹿の角をあしらった兜と、肩にかけられた金色の大きな数珠が特徴です。
巨大な前立と黒く塗られた甲冑には、重厚感や威圧感を覚えるでしょう。
しかし、本多忠勝は、桃山時代に作られたこの甲冑を実際に身につけて合戦に臨んだといわれています。
そのため、見た目よりも軽くて動きやすい作りであることも特徴です。
甲冑や鎧の価値が分かる買取業者へ相談しよう
甲冑や鎧には、歴史的価値があります。
甲冑や鎧を整理するのであれば、骨董買取業者に相談するのがお勧め。
古いものだからといって二束三文で処分してしまうのは、もったいない。
その価値について知見のある、実績ある買取業者へ相談をしてみましょう。