皆さんは、北川民次(1894年-1989年)という画家を知っていますか?
彼は、メキシコで画家・美術教育者として活動した人物で、生誕130年となる今年「生誕130年記念 北川民次展 ―メキシコから日本へ」が開催されています。
晩年まで精力的に制作活動を行っていた北川民次は、メキシコから日本という特異な歩みの中で、何を見出し、何を探求していたのか。
その答えを探るべく、今回は世田谷美術館で開催されている「北川民次展―メキシコから日本へ」に行ってきました!
目次
「北川民次展―メキシコから日本へ」は世田谷美術館にて開催中
「北川民次展―メキシコから日本へ」は、緑豊かな世田谷区の砧公園内にある世田谷美術館にて開催しています。
最寄り駅はいくつかあり、用賀駅からは歩いて17分ほどのため、のんびり歩いて向かうのもよいですね!
各最寄駅からは、世田谷美術館行きのバスが出ているため、事前に時間をチェックして利用するのがおすすめです。
世田谷美術館の館内には、ロッカーが完備されています。
チケット窓口近くには、大きな荷物は預けて美術鑑賞するよう促す案内もあるため、チケット購入後に大きな荷物はロッカーにしまってから展示室に向かいましょう。
ロッカーは100円が必要ですが、返却されるタイプのため無料で利用できます。
今回訪れた「北川民次展―メキシコから日本へ」は、1階展示室にて開催中。
館内の撮影は基本的に禁止されているようでしたが、本企画展については写真撮影OKの案内がありました。
企画展では、油彩約60点、水彩・素描・版画など約50点に加え、1920~1930年代メキシコの多様な芸術活動の動きが分かる資料、当時北川が親睦を深めていた芸術家たちの作品も展示しており、合計約180点を鑑賞できます。
北川民次が生涯を通して何を見つめ表現をしていたのかを考えさせてくれる約30年ぶりの回顧展です。
たくさんの作品とメキシコ芸術の歴史的な資料に触れ、北川が何を思い絵を描いていたのかを想像してみましょう。
テーマごとに違う側面を見せる、北川民次の作品たち
「北川民次展―メキシコから日本へ」は、5つのテーマから構成されており、異なる魅力をもった作品が数多く展示されています。
1.民衆へのまなざし
2.壁画と社会
3.幻想と象徴
4.都市と機械文明
5.美術教育と絵本の仕事
各テーマにおいて、作品を通して北川が多くの人に何を語りかけていたのかを想像しながら、企画展を見ていきましょう。
第1章:民衆へのまなざし
北川民次の作品には、常に市井の人々への深いまなざしが感じられます。
社会情勢に翻弄されながらも力強く生きる民衆の姿がテーマとなった数多くの作品からは、時代を超えた人間の普遍的な強さや美しさを感じられるでしょう。
『トラルパム霊園のお祭り』1930年/油彩/キャンパス
一つの絵に、生と死の2つを主題として取り入れた作品で、単なる描写により描かれたのではなく、北川の見方や考えを取り入れている点が新しい試みです。
北川は、1914年ごろから渡米してニューヨークの劇場で働きながら美術学校で絵を学んでいました。
そのころに社会派の画家ジョン・スローンのもとで学んだのが、民衆を描くことと、物事をリアリスティックに捉える意識でした。
リアリスティックとは、見たままを描くのではなく、モチーフの本質を見極め絵に表現する姿勢です。
生の象徴である「赤子」と死を連想させる葬列を一つの画面に収めた『トラルパム霊園のお祭り』では、リアリスティックの姿勢が分かりやすく表現されていますね。
他にも、先住民の伝統と西欧的な白人社会との関係性を表現した作品や、日本の軍国主義に踊らされる民衆を描いた作品なども展示されており、北川が社会の暗部や矛盾を鋭く見つめ、批判的な作品として反映してきたことが分かります。
第2章:壁画と社会
1920年代メキシコで盛んになっていた「壁画運動」に影響を受けた北川は、日本へ帰国後に壁画を思わせるような壮大かつメッセージ性の強い作品を多く残しています。
視覚的な美しさだけではなく、社会や人間に対する深い洞察が反映された作品を観ていると、多様な社会を生き抜く人々の個々の存在を強く感じられます。
『タスコの祭』1937年/テンペラ/キャンバス
『タスコの祭』は、『メキシコ三童女』とともに、第24回二科展に出品された作品です。
作品を鑑賞して気になったのが、『タスコの祭』とおめでたいイベントをイメージさせるタイトルであるのに対して、登場人物たちの表情がどこか沈んでいるように感じられる点です。
一般的にお祭りというと、楽しげで賑やかな雰囲気を思い浮かべますが、この作品では薄暗い背景が広がり、人物たちの表情は喜びや歓声とは呼べないもののように感じられます。
画面の右上には楽器を演奏する人々が集まっているものの、表情が明るいとはいえません。
特に、しゃがんでお祭りの様子をじっと見つめるおじさんの視線が印象に残りました。
また、右奥の背景に小さく描かれた人物の中には、手を上げて楽しそうに走っている人の姿も見えます。
大きく描かれた喜びの表情が乏しい人々と、遠くではしゃぐ人の姿が作品全体に不思議な空気を与えていると感じられました。
独特な雰囲気の背景には、タスコという街がかつて銀鉱山で栄え、メキシコ革命という激動の時代を経験した歴史が影響しているのかもしれません。
表面的には賑やかな祭りの光景であっても、歴史の暗い影や社会の複雑な現実が北川の視点を通して描き出されているように思えます。
と、さまざまな想像を掻き立てられる作品で、とても印象に残りました。
第3章:幻想と象徴
北川は、時に幻想的で象徴的な要素を含んだ作品も作成していました。
時代の流れに抗うかのような力強さを感じさせてくれる作品や、現実の枠組みを超えた世界へと誘うような作品など、現実描写にとどまらず、より深い哲学を観る者に問いかけてくるようです。
『メキシコ静物』1938年/テンペラ/キャンバス
『メキシコ静物』を鑑賞した際、その独特で異様な雰囲気が目を引きました。
単なる静物画の枠を超え、シュルレアリスムやダダの影響を感じさせる、夢幻的で不思議な世界観を持っているようでした。
特に、ジョルジョ・デ・キリコの作品に見られるような、時間や空間の感覚が歪んだような感覚が漂っており、現実と幻想の境界が曖昧に感じられるのが印象的です。
静物画のモチーフとしては、一見日常的なものが描かれているのですが、その配置や色彩、影の使い方が非常に異質で、どこか不気味さを感じさせます。
北川の『メキシコ静物』は、静物画でありながらも、シュルレアリスムの影響を受けた独特の世界観を持ち、鑑賞者を非日常へと誘う作品だと感じられました。
『岩山に茂る』1940年/テンペラ/キャンバス
『岩山に茂る』を鑑賞した際、まず目に飛び込んできたのは、うねる植物の異様な姿でした。
植物とはいいますが、一般的にイメージするような緑色ではなく、薄茶色や肌色に近い色調で描かれており、まるで苦悩し、悶える痩せ細った人間の姿を連想させます。
細かく描かれた木の幹や枝のシワが、痩せた人間のあばら骨のように見えるため、生命力に満ちた植物というよりも、飢えた人間の身体を象徴しているかのようです。
さらに、細く垂れ下がるつるが髪の毛を思わせ、全体的に人間的な要素を感じさせる描写が多いように感じられました。
また、左下に描かれた緑の植物と小さく咲く花が、この暗い世界の中における一筋の希望を象徴しているかのようです。
痩せ細った植物の中で唯一、命の力強さを感じさせる部分があり、作品全体の中で儚くも確かな光として存在感を表していました。
貧困や飢え、戦争などあらゆる困難にも希望があることを、この小さな花が語りかけているように感じました。
第4章:都市と機械文明
北川は、急速に近代化する社会の中で、機械文明に対しても鋭い視点を持っていました。
産業化が進む風景や機械化する都市を描いた作品には、機械と人間の共存やその影響を考察する姿勢が見て取れます。
『赤いオイルタンク』1960年/油彩/キャンバス
工業化された風景と存在感を放つ赤いオイルタンクが印象的な作品です。
瀬戸の陶磁器産業が時代の変化とともに登り窯から石炭窯、そして重油窯へと移行するなかで、北川はその風景の変貌を鋭い視点で捉えているように感じられます。
煙突から立ちのぼる黒い煙と、重く垂れこめる灰色の雲は、工業化がもたらす公害や環境問題に対する北川の批判的な視点を感じさせます。
産業化によって変わりゆく瀬戸の景色は、かつての自然との調和から、より無機質で冷たさを感じさせるものへと変わっていったのかもしれません。
また、この作品には人や動物が一切描かれていません。
北川の他の風景画では、よく人物が描かれていることが多いのに対し、この作品では完全に無機質な工業の風景のみが描かれています。
「無人」の風景は、時代の変遷と共に変わりゆく瀬戸と、その中で失われていく自然や人間との繋がりなどへの北川の静かな怒りや哀愁を感じさせていました。
第5章:美術教育と絵本の仕事
北川はメキシコ時代に、現地の大人や子どもたちに表現の機会を提供する「野外美術学校」で教師として活動していました。
戦時中には絵本の制作にも熱心に取り組み、戦後は日本でも美術教育に力を入れます。
『老人』1932年/油彩/キャンバス
この作品に描かれているのは、トラルパンの野外美術学校の生徒であったドン・ペドロ・ラミレスです。
北川が「信心深く、人の良い老人」と評したペドロの人物像とは対照的に、この絵の中の老人は寂しげで、どこか悲しみを内に秘めているように感じられます。
北川が語る「子どものような純粋さ」を持つペドロの印象と、絵の中で表現されたペドロの表情の違いは、彼の内面的な葛藤や、これまでの人生の苦労を反映しているのかもしれません。
彼の眼差しにはその純粋さだけでなく、人生の重みや、長い年月を経て抱え込んだ深い感情が映し出されているのではないでしょうか。
『老人』は、北川の観察を通じて、人間の多面的な姿を描き出すとともに、内面に潜む葛藤や苦労を静かに表現した作品という印象を受けました。
メキシコにちなんだグッズも!
グッズショップでは、定番のポストカードはもちろんのこと、今回の企画展のテーマにちなんだメキシコ雑貨や工芸品も販売されています。
メキシコのオトミー族による手織物や手刺繍も販売されており、独特なデザインと鮮やかな色彩が魅力的です!
メキシコの魅力が盛り込まれており、色鮮やかな雑貨や、美味しいコーヒーや紅茶、そしてチョコレートなども販売されています。
ぜひ、北川民次が愛したメキシコの風土や文化に触れてみてはいかがでしょうか。
企画展とあわせてオリジナルグッズのチェックも楽しみましょう!
展示にちなんだイベントチェックも欠かせません
世田谷美術館で開催されている「北川民次展―メキシコから日本へ」に関連して、企画展とコラボした魅力的な期間限定メニューを楽しめます!
美術館に併設されたカフェや近隣のお店が、北川民次が過ごしたメキシコをテーマにした特別な料理を提供しています。
美術館の併設レストラン「セタビカフェ」では、メキシコ風の軽食として「トルティーヤチップスとディップソース」を提供。
サクサクとしたトルティーヤチップスにお好みのディップソースを合わせ、お酒のおつまみや小腹がすいたときの軽食にぴったりです。
美術館の併設レストラン「ル・ジャルダン」では、メキシコの代表的な料理「ブリトー」や「ケサディーヤ」が期間限定で登場します。
これらは、北川民次がメキシコで実際に味わっていたかもしれない料理。
たっぷりの具材を包んだブリトーや、チーズとトルティーヤの絶妙なコンビネーションが楽しめるケサディーヤで、北川が過ごした時代のメキシコに思いを馳せてみては。
「北川民次展―メキシコから日本へ」で作品制作の思いを知ろう
世田谷美術館で開催されている「北川民次展―メキシコから日本へ」は、民衆を見つめ続けた芸術家、北川民次の作品を通じて、彼の人生と芸術に触れる貴重な機会です。
北川はメキシコと日本という異なる文化を舞台に、社会の変化や民衆の姿を鮮やかに描き続けました。
彼の多様な作品群は、時代を超えて見る者の心に訴えかける力を持っています。
この機会に、ぜひ世田谷美術館を訪れて、北川民次の世界を体感してみてください。
開催情報
『北川民次展―メキシコから日本へ』
場所:〒157-0075 東京都世田谷区砧公園1-2
期間:2024/9/21〜2024/11/17
公式ページ:https://www.setagayaartmuseum.or.jp/
チケット:一般1,400円、65歳以上1,200円、大高生800円、中小生500円
※詳細情報や最新情報は公式ページよりご確認ください